言霊
第三話

 鳥居の前で佇む二人の前に停まると、運転席から一人の男性が降りてくる。助手席に座っている男性は降りてこずに二人をじっと観察している。自己紹介を受けるまでもなく、軽トラのドアのプリントされてある役場の名前で公務員だろうと理解できた。
「こんにちは、村役場の者だけどこんな辺鄙な村にどうしたの?」
 三十代前半と思われるその男性は柔らかい物腰で話し掛けてくる。しかし、雰囲気が柔らかいからと言って油断は出来ず内心警戒しながら十兵衛は立ち向かう。
「こんにちは、僕たち写真撮影も兼ねて東京から旅行に来たんですよ。ここは自然がそのまま残ってていい村ですね」
「へえ東京からの。見た感じ都会の人って気はしてたけど、わざわざ遠いところまで来たね。ここには知り合いでも?」
 返答に詰まる問い掛けを聞き咲耶がすかさず切り出す。
「いえ、太平洋沿いをずっとぶらり旅して来たんです。大学が夏休みに入ったので彼と旅行に行こうって誘われて」
「なるほど、大学生か。確かにそういう気ままな旅とか大学生しか出来ないもんね。因みに旅行は二人っきりで?」
「はい、二人です」
「そうか、じゃあ僕はお二人のお邪魔してるようだね。まあ、この村はこれと言った観光スポットもないし、宿泊施設もないから暗くならないうちに次の目的地に行った方がいいと思うよ」
「そうなんですね、分かりました。ご丁寧に有り難うございます」
 丁寧にお辞儀をする咲耶に倣い十兵衛も頭を下げる。男性も二人に会釈をすると軽トラに乗り込み方向転換を開始する。ホッと一安心していると運転席のウインドウが下がり男性が顔を覗かせる。
「一つ言い忘れてたんだけど、君たちの背後にある神社は私有地で立入が禁止されてるから気をつけて。住んでいる神主さんが変わった人でね。そこいらに防犯カメラが設置されてるし、何かあってからじゃ遅いからね」
 そう言いながら男性は鳥居の斜め上を指差す。そこには防犯カメラらしきものが見てとれ、忠告が嘘でないことを表している。
「ほら、最近仏像の盗難とか多いから神経尖らせてるんだよ。特に田舎は防犯レベルが薄くて狙われやすいからね。とにかく、そういうことだから、あまりここには長居しない方がいい」
 遠回しに早くこの村から出ていけと言われたと感じると共に、目的の仏像がこの神社に奉られていることを強く確信させる。軽トラが見えなくなるを確認すると咲耶が鳥居を向く。
「どうやら、この上で当たりみたいね」
「ですね。どうします? ここまで来てなんですけど、防犯カメラまで設置されてるとなると辿り着くまで困難ですし、仮に辿り着いたとしても後々が厄介かもしれませんよ」
「……そうね。ここは大人しく引き返した方が得策かもね」
 意外にもすんなりと提案を受け入れる咲耶に疑問を感じるものの、これと言った作戦も思い浮かばず立ち尽くすしかない。鳥居をもう一枚だけ撮影すると元来た道を引き返す。少女と出会った大きな木まで戻ると、そこには十人くらいの大人が待ち構えており、声を掛けるでもなく黙ったまま十兵衛たちを観察している。
 異様な雰囲気がそこからは感じ取れ、もし神社に入っていれば即座に確保されていた可能性がある。冷たい視線を潜り抜けながら、大人しく引く選択をした咲耶の判断が正しかったのだと十兵衛は心底安堵していた。

 尾行が着いていないことを確認しつつ車内に戻ると、咲耶は直ぐにノートパソコンを開く。そして、撮影したばかりの画像を確認しながら何かを検索し始める。邪魔をしないようにじっと見つめていると、画面を見つめニヤリと笑ってから十兵衛を向く。
「ビンゴ」
「どうかしました?」」
「あの防犯カメラはダミーだわ。品番検索したらヒットした」
「えっ?」
「つまり、入っても誰にも気づかれない」
 このセリフで咲耶が仏像調査を全く諦めていないことを察する。
「闇夜に乗じて侵入すれば難なく辿り着けそうね」
「先輩、全然諦めてませんね」
「当然、何時間かけてここまで来たと思ってんの? 結果も出さずに帰るなんて有り得ないわ」
「村人の反応を見る限り、見つかったらタダじゃ済まない気がしますけど」
「その時はその時よ。まあ、何かの時のために一つ保険掛けてるし大丈夫よ」
 保険という意味については内容をはぐらかされ、決行時間の深夜まで車内で待機することになる。コンビニで買っておいた軽食を取ると咲耶はシートを倒し再び仮眠に入る。隣にいる十兵衛を全く警戒しておらず、あまりの無防備さに自身が異性として見られていない実感が湧く。
 穏やかな表情で寝息を立てる咲耶を見ていると胸の鼓動が大きくなる。起きているときの活発な行動力と正反対であり、その雰囲気はさながら眠れる森の美女と言ったところだ。触れたくなる気持ちを抑えながら十兵衛もシートを倒す。
 陽はすっかり暮れ辺りは暗闇に包まれ心細い感情が自然とこみ上げる。咲耶に問われ答えたように幽霊や呪いといった類いのことを一切信じていない十兵衛だったが、暗闇の持つ怖さは理解できる。それは人間の心の底にあるものと似ており、本当に恐ろしいものは人間の悪意かもしれないと思う。
 目に見えない呪いという悪意、そして人の持つ隠された悪意、どちらも闇の中にあり視認することができない。
それが露見され体感するとき、きっと自身に何かしらの厄災が降りかかっているのだろう。現状、仏像の呪いが本当なのかは判断つかないが調査を続行するということは、少なくとも村人達から十兵衛達へ向けられるものは確実に悪意あるものになるであろうと推察していた。

 深夜零時、肩を揺さぶられ十兵衛は目を覚ます。視線の先には咲耶がおり、寝ぼけ眼で置かれている現状を把握した。携帯電話の明かりだけで身支度を済ますと咲耶が話し掛ける。
「再確認するけど、移動中は基本的にライトは不可。私たちがここに居ますって教えるようなもんだしね。仏閣に侵入できたときと、見つかったりしたときの逃走中には使用する」
「はい、大丈夫です」
「仏閣内でやる事は二つ。件の仏像を撮影すること、そしてその仏像に触れること。怖かったら私が二つともするし、塚原は辺りを警戒してくれるだけでいい」
「怖いなんてありませんよ。どちらかというと村人の方が怖いですね」
「確かに、あの排他的な目は尋常じゃなかったもんね」
 木の周りで集まっていた村人の姿が脳裏に浮かび、十兵衛はぞくりとする。
「もし、村人に見つかって捕まりでもした場合どうしますか?」
「そうね、最悪死を覚悟しないといけないかも」
 死という単語を聞き顔が引きつる十兵衛を見て咲耶は笑う。
「冗談よ。言ったでしょ? 保険があるって。私を信じて着いてきて」
 笑顔でそう言ってのける咲耶を見て断ることなど出来ず、十兵衛は不承不承に頷いた。

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