言霊
第六話

 ビビりながら後退し、どう対処して良いのか焦りつつ十兵衛は考える。しかし、咲耶はその様子を落ち着いた表情で凝視しており、相手の顔を確認すると及び腰の十兵衛に対して冷静に告げた。
「その子、昼間に会った浴衣の女の子よ」
 咲耶の言葉を聞き落ち着いて見直すと、そこには大きな木の傍で見た女の子の顔が見て取れる。女の子は十兵衛と目が合うと立ち上がり口を開く。
「こんばんは」
「こ、こんばんは……」
 幽霊と勘違いし内心びびりながら挨拶を交わしていると、隣の咲耶が話を切り出す。
「こんばんは、菊花(きっか)ちゃん」
 不意に出た固有名詞に十兵衛のみならず呼ばれた菊花も驚いた表情をする。
「お姉ちゃん、何で私の名前を知ってるの?」
「それはね、お姉ちゃんが神様の遣いだからよ。神様は何でもお見通しなの」
「神様? ホント?」
「本当よ。だから菊花ちゃんが来るのも分かっていたし、私にお願いがあって親や兄弟に内緒で来たのも分かってる」
 咲耶の言動はコールドリーディングと思われ、菊花の言動等から事態を推理し、まるで最初から知っていたかのように話し演じているのだろうと十兵衛は思う。繰り出される咲耶の話術を聞きながら二人の成り行きを大人しく見つめる。
「お姉ちゃん凄い! 本当に何でも分かるんだね」
「どういたしまして。それで、お願いって神社に関することよね?」
 関すること、という幅広い聞き方をしており、回答に対しどうとでも対応できるように誘導している。
「うん、そうなんだけど……」
「どうしたの? 遠慮せず何でも言っていいのよ?」
「うん、ほとんど初対面のお姉ちゃんにお願いしていいのか分からないけど、神社の仏像を壊して欲しいの」
 思いもよらず出てきた言葉に十兵衛は訝しがるが咲耶は動じず聞く。
「どうして壊して欲しいって思うの?」
「仏像のせいでたくさんの人が死んだ。私の叔父さんや従兄弟の京也君も。村長さんはこの村を守ってるって言うけど、私はただ怖くて手が出せないだけだと思う。少なくとも私にとって仏像は恐怖心の象徴でしかない」
「そっか、それにしても今まで壊そうとした人はいなかったの?」
「いたよ。みんな死んじゃった」
 仏像に絡んだ人間が全滅という過去を聞いて十兵衛の内心は穏やかになれない。井川の話を裏付ける形となっており、呪いの信憑性が高くなったのだ。不安な面持ちで咲耶は見つめるが、本人は至って平気な表情をしている。
「どうしてお姉ちゃんに壊して欲しいと思ったの? お姉ちゃんも壊せず死んじゃうかもよ?」
「それは、お姉ちゃんが村の外から来た人だから。二年前にもお姉ちゃん達みたいに旅でここに来たお兄ちゃんがいたの。お兄ちゃんは私と仲良くしてくれて、仏像のことを言ったら調べるって言ってくれた。でも、結局途中で見つかって村長さん達に捕まったの。だけど普通なら呪いで死ぬはずなのにお兄ちゃんだけは死ななかった。だから村の外からきたお姉ちゃん達ならお兄ちゃんのときと同じで死なないんじゃないかって思って……」
「叔父さんや京也君の敵討ちをして欲しい、ってことね?」
 菊花は素直に頷く。咲耶は左手を頬に当てた虫歯ポーズで少し考える素振りを見せてから口を開く。
「分かったわ、お姉ちゃん達に任せて」
「本当!?」
「神様に二言はないわ。あの押し入れに外への抜け道があるのよね?」
「うん、何でもお見通しだね」
「菊花ちゃんは私達が戻るまで、押し入れの座布団を使って私達に成りすましてて。直ぐに帰ってくるから」
「分かった!」
 笑顔いっぱいの菊花の返事を聞くと咲耶は視線を隣に移す。言われずとも否応なしということを理解しており十兵衛は素直に頷いた。


 潜入前にトイレへ行き、程なくして出て来た咲耶は「意外にもウォシュレットだった!」と妙な報告をしてくる。押し入れの奥に開いてある小さな抜け穴から外に出ると、監視役に気づかれないよう慎重に神社へと向かう。
途中、咲耶は携帯電話を取り出し誰かと連絡を取り合っていたが、詳しい内容までは聞き取れなかった。
 鳥居から少し離れた茂みより神社の方角を観察するが、見張りらしき人影はおらずホッとする。十兵衛が鳥居の方向に足を向けようとしたと同時に、咲耶はその襟首を捕まえる。
「せ、先輩?」
「あれはダミーよ」
「知ってますよ」
「違うの、ダミーがダミーってこと。本当の監視カメラが神社に続く階段付近に多数設置されてる。油断させるための防犯カメラなのよ」
「何でそんなこと知ってるんですか?」
「とある情報筋から聞いたの」
「さっきの電話ですか?」
「まあそんなところ。とにかく正規ルートで神社には行けない。山道を迂回しながら目指すわよ」
 そう告げると咲耶は足場の悪い茂みへと躊躇なく踏み込んで行く。気は進まないものの後れを取ることも出来ず十兵衛は後を着いて行った。

 神社へと続く階段に並行するように山肌を進むと開けた場所が見えてくる。その中心には寂れた神社が見え目的の仏像に近づいていると実感する。しかし、階段に防犯カメラが設置してあるとした場合、神社内にもそれ相応の防犯システムが敷かれていると考えられ十兵衛は咲耶を向く。
「普通に考えて、神社内も防犯カメラがあるんじゃないんですか?」
「多分ね」
「どうすんですか?」
「神社には入らない」
「ふぇ?」
 予想外な返答に十兵衛は変な声を出すが、咲耶は冷静に語り始める。
「最初には言ったけど、呪いは嘘だと思う。つまり調べる必要はない。強いて入るなら菊花ちゃんの願いを叶える為に仏像を破壊するくらいね」
「村長だけでなく菊花ちゃんも嘘を言ってるってことですか?」
「いいえ、仏像絡みで人が沢山死んだのは事実だと思う。それと呪いは別ってこと」
「さっぱり意味が分かりません」
「私も真実はまだ分からない。けれど、この先に何か答えがあるってことは確かね」
 そう言うと咲耶は茂みの中から回り込むように神社の裏に進む。裏の茂みには獣道が見て取れ、今度はその道に沿って奥へ奥へと進んで行く。獣道の途中、対を成すように並び立っている古びた地蔵を見つけると咲耶はその地蔵を蹴り飛ばす。普通では考えられないような行動に唖然としていると、念仏のようなものを唱えた上で再び先を歩き出す。
 咲耶が何を知り何を考えて行動しているのか十兵衛には推し量ることが出来ない。しかし、その言動はただの興味本位とは思えず何かしらの強い意志が感じ取れた。しばらく歩くと一ヘクタール程の広大な平地が現れ、月明かりに照らされた黄色と緑の絨毯が一面視界に入る。
 しゃがんでよく見ると小さな黄色の蕾に節の多い雑草が絨毯の正体だと分かる。十兵衛が花を触っていると咲耶は携帯電話を取り出し再び誰かと通話を始める。そして、真剣な表情でこう言った。
「間違いない。マオウよ」

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