理想の彼氏作成キット
第10話

「あれ? 早川さん、今日休みですよね?」
 茜の運転で急ぎ駆け付けた店内で大輔はケロッとした顔で問い掛ける。疑問に感じつつも咲は大輔に詰め寄る。
「怪我をしたって聞いたんだけど?」
「えっ、ああ、コレですか?」
 小指の外側に貼られた絆創膏を見せ大輔は口を開く。
「段ボール切るときザックリと切っちゃいました。血は出たんですけどそんなに深くないですし、大丈夫ですよ」
「そうだったの。でも、気をつけてね」
 咲の表情とその言葉で大輔はハッとする。
「もしかして、僕を心配して駆け付けてくれたんですか?」
「えっ? ち、違うわよ! 中村さんから連絡があってちょうど店の近くに居たから覗いただけ!」
「そうなんですか。でも、今日は休みで会えないだろうって思ってたんで、怪我してちょっと良かったかも。早川さんの顔見れたし」
(うっ、そこはかとなく嬉しさアピールがきたな。やばい、また意識してしまうわ。早く帰らねば……)
「大したことないみたいだし、私は帰る。ホント気をつけてね。大怪我なんかしたら店に迷惑かかるし」
「分かりました。ご心配おかけしました」
 穏やかな顔で見送られ売り場から踵を返すと通路でニヤニヤしている茜と目が合い、黙ったまま店を後にした――――


――数日後、尚斗から再び連絡が入り、金曜日の夜に食事をすることを約束する。この一週間は茜の助けもあってテーブルマナーが徹底的に叩き込まれ、付け焼刃とは言えどの料理にも対応できると自負するまでに至る。もともと手先が器用なこともあり、やる気次第でなんでも卒なくこなすが気分にむらっ気があり、昔から熱し易く冷めやすい性格をしていた。ただし、今回は異性とのデートということもあり、ひたむきさと集中力は半端ではなく、その姿勢に茜も舌を巻く。

 デート当日、心のどこかで大輔に申し訳ない気持ちを持ちつつも、楽しみにしている部分がその大半を占めドキドキする。買ったばかりのワンピースは露出控え目で、お嬢様っぽい雰囲気を醸し出す。メイクも茜によるもので、特殊メイクの専門学校に通っていただけに大船に乗った気持ちで任せられた。
 普段ストレートの黒髪も、少し明るくしアップで留めうなじを強調させる。茜に言わせると、咲は黙っていればいい女だから、ベラベラ喋らないようにと忠告を受ける。同性相手にはよく喋る咲も、流石に気になる異性には口ごもると反論するが、アルコールが入るとはっちゃけるからと釘を刺される。

 茜とのやり取りを反芻しながら駅前の噴水で立っていると、待ち合わせ時間から少し遅れてスーツ姿の尚斗が現れる。自分で作成した理想の容姿を持っている相手だけに、その姿を確認しただけで咲の緊張度は急上昇する。
「こんばんは、今日の咲さんはまた一段とお美しいですね。目が眩みそうです」
「こ、こんばんは。お褒めに預かり光栄です」
「では早速お店に参りましょうか。今から行くフレンチのシェフは僕の知人でして、腕は確かですよ」
「そうなんですか。楽しみです」
 近くの道路まで並んで歩くとハイヤーが待機しており、それに乗り込み目的地へと向かう。優しくエスコートされ入店したフレンチレストランは、尚斗が自慢するだけのことはあり雰囲気から接客と隅々まで行き届いており、敷居の高さに居心地悪く腰がふわふわしてしまう。
 尚斗の言われるがまま出てくるコース料理はどれも豪華で、味や見た目からも相当な価格がするものと推察される。
(ぐるナイのごちレースで目は鍛えられてるけど、これは確実に二万円超えのコースだわ。奢って貰える公算が高いけど、五万円持ってきておいて良かった)
 内心ビビりながらナイフとフォークを進め、大きなミスもなくデザートまでを終える。食事中の会話は仕事や趣味の話題が大半を占め、その受け答えも卒なくこなす。緊張する咲とは反対に尚斗は終始穏やかな雰囲気作りをし、楽しい食事時間を過ごす。途中で勧められた赤ワインが美味しすぎて一瞬ハメを外しそうになるも我慢した。酒類が好きな咲にとって美味しいワインは眼と喉に毒であり、あればあるだけ飲みたい衝動に駆られてしまう。

 尚斗の奢りで店を後にすると、近くにイルミネーションの綺麗な公園があると誘われついて行く。高級フレンチをご馳走になった手前、即帰宅することなどは出来ず緊張感を持ったまま尚斗の隣を歩く。
(公園か。二人きりだし、キスとかされるのかな。一応さっき化粧室で顔周りはチェックしたし大丈夫だとは思うけど……)
 尚斗とのキスシーンを想像しながら歩いていると程なくして公園につき、イルミネーションが良く見えるベンチに座る。二人きりと思っていたが、このイルミネーション目当てのカップルがそれなりにおり少しだけ緊張感が薄れる。しばらく黙ったまま並んで座り燦燦とした輝きを眺めていると、尚斗から話し掛けてくる。
「綺麗ですね。イルミネーション」
「はい、凄く綺麗です」
「咲さんも負けないくらい綺麗ですけどね」
「いえ、私なんてそんな。比べるられるような存在でもないので」
「ご謙遜されるところも素敵ですよ」
 視線はイルミネーションに向けられているが、尚斗の熱き気持ちは咲に真っ直ぐ向かっており、それがまざまざと感じられ頬が紅潮してしまう。
(伊勢谷さん、わりと照れることなくこういう事言うな。嬉しいけど、他の女性にもこんな感じなのだろうかと邪推してしまう)
 俯いたまま考えていると尚斗がベンチを立ち上がり、わざわざ咲の前に来る。疑問感じて顔を上げると尚斗は微笑む。そして、その微笑から語られた想いに、咲の胸は大きく揺さぶられることになった。
「早川咲さん、初めて貴女を見たときから好きでした。僕の彼女になって頂けませんか?」

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