理想の彼氏作成キット
第12話

 尚斗との付き合いが始まり二週間、メールと電話は毎日のように交わし週末もデートの約束をする。先日は湘南海岸までのドライブをし、朝から晩まで尚斗との時間を堪能できた。初キスも覚悟してのデートだったが、予想以上に距離感があり肩透かしを喰らう。
 作成キットのルールも気にならないと言えば嘘になるが、今は茜の言葉に甘え尚斗と真剣に向き合うことにした。それと同時に尚斗自身が作成キットの存在を知っているのかどうか、知っていたとした場合、自分との付き合いが業務の上なのか私的な想いからなのか、これらの点もはっきりさせる必要がある。
 作成キットの関連会社に従事し、業務の一環として付き合っていたとしたならば、なんの未練もなく関係を切ろうと思う。反対に作成キットを知らず、純粋な想いから告白してきていたとした場合、作成キットの存在を咲の方から説明しなければならない。
 上手く説明できない可能性は高いが、尚斗という存在がとても危い場所におり、自分のエゴから作られたものだということは事実なのだ。全てを告白しその結果、今の恋を失うことになっても受け止める覚悟は既に出来ている。真剣に相手を想うからこその覚悟であり、咲はどんな結末を迎えようとも後悔だけはしたくないと心に決める。

 終業後のデートを楽しみしつつ納品チェックをしていると、昼休憩を終えた大輔が倉庫に現れる。尚斗と付き合っていることは大輔にも告げていないが、浮かれた雰囲気からバレている可能性はある。どこか後ろめたい部分があるものの先輩としての威厳もあるため、より気を引き締めて大輔に向き合う。
「昼食が済んだのならチェック手伝って。今日は品数多いんだから」
「了解です」
 到着した荷物をどんどん開封しながら、納品書と照らし合わせる作業を淡々とこなす。倉庫には咲と大輔のみがおり、会話もないので作業音だけが庫内に響く。大輔より告白された翌日は緊張もしたが、尚斗との付き合いを決めてからはそれもない。気持ちの整理が付いた面もあるが、当の大輔から口説くような素振りもなく、ただ純粋に見守られている感じがする。
(気を遣ってくれているのは嬉しいけど、全く何もないっていうのもちょっと寂しいものね。ってこれじゃあ二股で悪女だな)
 一人苦笑しながら伝票処理をしていると大輔が側に来る。ふい寄られ咲は反射的に距離を置く。
「な、なによ? いきなり側に来ないで」
「早川さん、もしかして彼氏できました?」
「え、な、なんで?」
「先週くらいからニヤニヤしてるから」
(バカだ私、バレバレじゃない……)
「う、うん。まあ」
「やっぱりか。残念」
「ごめんなさい。小林君の気持ちは嬉しいけど、応えることはできない」
「分ってます、ちゃんと諦めますよ。好きな相手の幸せを祈れないなんてカッコ悪いし」
「小林君……」
「その確認だけなんで。失礼しました。仕事に戻ります」
 辛そうな顔も見せず咲を攻めることもせず大輔は黙々と検品を再開する。その優しく強がりな背中に咲の心はチクリと痛んでいた。

 その夜、約束通り尚斗とデートを楽しむ。普段のデートと違い仕事帰りでラフな格好だが、尚斗はいつものように変わらず褒めてきて照れてしまう。尚斗は変わらずスーツ姿で現れビシッと決まっている。仕事は公務員と語っていたが、この職業も作成キットで設定したものと同じで、改めてあのキットが本物だと確信する。
 作成した瞬間から伊勢谷尚斗という人間がこの世に現れ、さも当たり前のように社会に溶け込む。そんな現実離れしたことが実際に目の前でおきており信じられない反面、こんな変則的な出会いであっても掛け替えのない想いが生まれたことは確かだ。
 夕食を済ますと咲の方から大事な話があると切り出し、駅近くのファストフード店に入る。飲み物だけを注文し席に座ると、咲はずっと胸に抱えていた想いを語り始めた。

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