理想の彼氏作成キット
第7話

「こ、こちらが乾燥バジルのコーナーになります」
「どうも、ありがとうございます。種類が豊富で完全に見落としていました」
 調味料コーナーで爽やかな笑顔を見せる尚斗の側で咲は表情を硬くして立つ。二人きりになれるチャンスと踏んだ咲は、品出しを大輔に押し付け自らが商品コーナーまでエスコートする。このようなチャンスを予期していた咲は、ポケットの中に連絡先を記したメモを用意しており、いつ渡すかタイミングを計る。
(商品を選んでる今渡すのは失礼だし、かと言ってずっとこうやって側に立っているのも変だ。でも、通路の先にはCIAの工作員がいるしメモを渡す姿を見られる訳にもいかない。どうする! どうする私!)
 短い時間ながら葛藤し、側で調味料を選ぶ伊勢谷をじっと見つめる。次の瞬間、目の端にいた工作員が移動しチャンスとばかり切り出す。
「あの、もし良かったら、連絡頂けませんか? これ、私の連絡先です!」
 メモを差し出された尚斗は何気もなく普通に受け取る。
「は、早川咲と言います」
「早川咲さん。僕は伊勢谷尚斗と言います」
 名前を聞いた瞬間、全身雷に撃たれたような感覚が襲い、婚約会見時の松田聖子の気持ちがおぼろげながらに理解できた。
(やっぱり、作成キットの伊勢谷尚斗君だ! 本当に現れたんだ!)
 ドキドキしながら見つめていると尚斗の方から喋りかけてくる。
「必ず連絡します」
「はい! ありがとうございます!」
 嬉しさのあまり声が上ずり咲は顔を赤くする。そこへ再度大輔が現れ、ドレッシングの瓶を割ってしまったと報告を受ける。もっと側に居たい気持ちもあるが、恥ずかしさもあり渡りに船とばかりに礼をしてその場を後にした。大輔は自身の失敗に怯えていたが、反するがごとくニコニコしながらドレッシングの掃除をする咲を見て気味悪がっていた。

 終業後、店を出るなり茜に連絡を取り今後の作戦会議を提案するが、この土日は彼氏とラブラブするから不可とあっさり蹴られる。ただし、作成キットの伊勢谷尚斗と言うことが確定した点は驚いており、焦らず慎重に事を運ぶようには忠告される。
 特に間違ってもすぐに肉体関係を結ばないように強くたしなめられ、ちょっと抱かれてみたいと思っていた自分を恥じる。通話を終え駅に向かっていると、背後から名前を呼ばれ振り向く。その男性の声に淡い期待を抱くが現実は厳しく、自転車をこぎながらやってくる大輔を冷たい眼差しで迎える。
「早川さん、ちょっとお時間いいですか?」
「ダメ、急いでる」
「じゃあ3分だけ!」
「2分」
「僕とお付き合いしてくれませんか?」
 突然の告白に咲は目をパチパチとさせ大輔を凝視する。
「お付き合いって、どこか一緒に同伴って意味?」
「いえ、男女交際の方です」
「誰と?」
「僕と早川さん」
「なんで?」
「好きだから」
 好きと言われ、鈍い咲でも人生で初めて異性から告白されているだと実感する。
(好きって。まだ知り合って一週間くらいなのに。しかも、ダサ男でオタクで寝癖で野生児。何を以て私に告白してきたんだ。コイツ……)
「参考までに聞きたいんだけど、私のどこが好きになった?」
「いろいろあるんですが、一番は仕事ができるところ。カッコイイところですね」
(うっ、これは素直に嬉しいぞ。良く見てるじゃないか)
 一瞬頬が緩みそうになるが、どうにか耐えて口を開く。
「それだけで付き合いたいと思うなら、お姉さん軍団もベテランだし仕事できるわよ?」
「そうですね。もちろん仕事の点だけじゃなく、さっぱりした性格や行動力、そして端正な容姿も素敵だと思ってます」
 異性から投げ掛けられる初めての褒め殺しを受け、流石に耐えられなくなり顔を赤くし俯いてしまう。
(なによコレ! なんなのよ! 全然タイプでもなんでもないのに、こんだけ言われたら意識しちゃうじゃない! なんでこの私がダサ男ごときに照れないといけないんだ!)
 頬を赤くしながら返答に困っていると携帯電話の着信音が流れ、大輔に断りを入れた上で通話ボタンを押す。受話口から聞こえてきた声と名前に咲の心臓は上乗せで跳ね上がり、これから起こる展開は自身の想像しうる限界を超えていた。

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