恋架け橋で約束を
第3章 7月3日

手がかりを求めて

 そこで私は夢から覚めた。
 いつの間にか、もう朝だ。
 今日の夢は怖くはないけど、全く意味が分からなかった。
 ただ、これって何かの手がかりにならないかな。
 どこの学校の制服か、どこの駅か、などという肝心なことはさっぱり分かんないし、手がかりになるかどうか微妙には思えるけど……。



 朝食の後、孝宏君は学校に行った。
 私も早く記憶を取り戻して、学校に行きたいなぁ。



 その後、おばあさんのそばで洗い物などのお手伝いを始めた私は、駅と学校について聞いてみた。
「あの……最寄の駅って、どちらにありますか?」
「寒蝉駅なら、孝宏の学校の近くだよ。電車に乗りたいのかえ?」
「あ、いいえ。えっと、何となく聞いてみただけで……」
「一人で遠くへ行っちゃいけないよ。記憶も戻ってないんだから」
 おばあさんの言う通りだ。
 私は「はい。気をつけます」と答えた。
 続けて質問する私。
「えっと、孝宏君の通う寒蝉高校以外に、この街に高校ってありますか?」
「この街もあんまり開けた場所じゃないからねえ。この街には寒蝉高校だけだよ。でも、電車で三駅先の隣町には別の高校が幾つかあるよ」
「その中で、女子の制服がセーラー服の高校はありませんか?」
「私の知る限り、寒蝉高校だけじゃなかったかねえ……。で、どうしてそんなことを? 通ってる高校の制服を思い出した?」
「あ、いえいえ、そういうわけじゃないんですけど。色々質問してしまって、すみません」
 そっか……寒蝉高校の制服はセーラー服なんだ……。
 あとで行ってみようかな。
「気にしなくてもいいよ。私に分かることなら何でも答えるから、どんどん質問してね」
「はい、ありがとうございます!」
 おばあさんも孝宏君も、ほんとに優しい。
 良い家に居候させてもらえて、私は幸せだった。

「ところで佐那ちゃん。昨日も孝宏と一緒に出かけてくれてたみたいだけど、孝宏との関係はどんな感じかえ?」
「え?」
 突然話が孝宏君のことに移って、私は驚いた。

「あの子には、ここで暮らし始める前から、浮いた噂の一つもないみたいでねぇ。佐那ちゃんには好意を持ってるように見えるんだけど、あの子のこと、どう思うかえ?」
 おばあさんは美麗さんのこと、知らないみたい。
 でも、そのことは、私の口から言うべきことではないと思った。
 なので、私は自分の気持ちだけ、おばあさんに話しておくことに。

「えっと……あの……。これから話すこと、絶対孝宏君ご本人に言わないでおいてくれますか? ここだけの話ってことで……」
「ええ、もちろんだとも! 約束するよ」
 おばあさんは勢い込んで、請合ってくれた。

「私、なんだか……孝宏君のこと好きみたいで……」
「ほんとかい!」
 おばあさんはすごく嬉しそうだった。
 恥ずかしい……。
 言わなきゃよかったかな……。

「佐那ちゃんみたいな子に好いてもらえるとはねぇ。あたしゃ嬉しいよ! これで孝宏のことも安心だねぇ」
「いえ、でも……孝宏君は私のことを、友達としか思ってらっしゃらないかと……」
「なぁに、すぐに両思いになるよ。間違いないね。いやぁ~あの子を好きになってくれて、ありがとねぇ」
 満面の笑みを浮かべて言うおばあさん。
 うーん、孝宏君は美麗さんのことが好きみたいだし、おばあさんの思惑どおりになるとは到底思えないんだけど。
 私にとっては悲しいことに。

 考えるだけでも、つらい……。
 出会うのが少し遅かったのが、本当に悔やまれる……。
 それでも、もし出会えなかったらってことを考えたら、こうして出会えた今が幸せに思えた。
 おばあさんの考えているとおりに、物事が運べば、私もどんなに嬉しいことか……。

「あの……このことは、絶対秘密に……」
「もちろん、分かってるよ。あたしゃ、口は堅いから安心してね」
 手を激しく振りながら、おばあさんが言う。
「お願いしますね」
 私は念を押しておいた。
 孝宏君にバレたら、気まずくなりそうだし、困るから……。



 家事が一段落すると、おばあさんに一言伝えてから、私は家を出た。
 向かう先は、寒蝉高校と寒蝉駅だ。
 今朝の夢が、もし私の記憶の一部なんだとすると、重要な手がかりのように思える。
 駅の風景は、夢の中ということでだいぶぼやけていたから、はっきりと記憶に焼きついているわけじゃないんだけど。



 一昨日、初めておばあさんの家へ向かうときに、孝宏君が教えてくれた道を通って、私は寒蝉高校にたどり着いた。
 割りと近く、すんなり到着。

 手前にあるグラウンドを、フェンスの外から眺めてみたけど、人の姿はなかった。
 奥に体育館や校舎が見える。
 あの中で、孝宏君たちは勉強しているんだなぁ。
 私も多分同じくらいの年だと思うから、本来は今もどこかの高校に通っている身の上だと思う。
 まさか、この寒蝉高校?
 必死で思い出そうと記憶を探るけど、頭の中に立ち込める靄(もや)のような霧のようなモノに遮られて、うまくいかない。
 そもそも自分の名前ですら、はっきり確信を持っているわけではないので、当然かな。
 だけど……もし、私がこの高校に通っている学生なら、孝宏君や智君たちが、失踪した私についての何らかの噂を聞いていてもおかしくないはず。
 つまり、私の高校は、ここじゃないんだろうと思う。

 そんなことを考えながら、呆然とグラウンドを眺めていると、私のそばを通って、校門へと向かう人に気づいた。
 私と同じくらいの年恰好の女子で、セーラー服の制服を着ている。
 きっと、この寒蝉高校の生徒だろう。
 しかし……そのセーラー服は、私が夢の中で見たモノと色合いが若干異なっていた。
 夢の中の私が着ていたのは、もっと色が薄かったはず。
 やはり、私はこの高校の生徒じゃない気がする。

 その時、グラウンドの奥に見えている校舎の中から、ここに通う学生たちと思われる人々の姿が現れた。
 みんな体操服を着ているので、どうやら体育のようだ。
 遠めからなので、それぞれの人の顔は判別できない。
 みんな、わいわいと楽しそうに話をしているようだ。
 ひとりぼっちの私は、自分だけ仲間はずれにされたような気がして、急に寂しくなった。
 みんなが羨ましい……。
 私は、足早に寒蝉高校から立ち去ることにした。



 その後、たまたま近くを歩いていた、人が良さそうなおじいさんに道を聞いて、寒蝉駅へと向かうことにした。
 道にはあまり車も人も通ってないものの、そんなに「田舎」という感じもしないのは、田畑がそんなに多くないからだろうか。
 それでも、高い建物はほとんどなく、街は全体的にのどかな印象だった。



 やがて私の目の前に現れた、この街にしては大きくて広そうな建物。
 それが、寒蝉駅だった。

 おばあさんの言った通り、さほど学校から遠くなかったので、私に疲れはない。
 すぐに切符売り場へと向かった。

 おばあさんからいただいたお小遣いを使うことに、数分間ためらったけど、夢の中の光景がこの駅のものなのかどうかを確かめたい気持ちは、どうしても治まらなかった。
 心の中でおばあさんと孝宏君にお詫びを言い、私は入場券を買って、駅のホームへ向かう。
 はやる心を抑えるのに苦労した。



 ホームに来てみた私は、はっきりと悟った。
 夢に出てきた駅は、この寒蝉駅じゃない。
 何よりもまず、ホームの広さが全然違う。
 この駅のホームは、夢の中のものより、ずっと狭く感じられた。
 じゃあ、あの光景は、どこのものなんだろう……。
 
 そのとき、突然、頭の中に映像が流れたような感覚を覚えた。
 到着する電車に乗り込もうとする私の映像が、チカチカ点滅するカメラのフラッシュのような光と共に、私の眼前に現れ、同時に急激で猛烈な頭痛が私を襲う。
 私はうめいて、その場にしゃがみこんだ。

 すると、「大丈夫ですか?!」という声とともに、誰かが駆け寄ってきた。
 見上げると、駅員さんらしい人が心配そうな面持ちで私のそばに立っている。
「お加減が悪いのですね。休憩所までご案内しますよ」
「あ、すみません……ありがとうございます。頭痛がしたのですが、もう治ったみたいです。ご心配をおかけしまして……。それでは失礼しますね」
「分かりました。お気をつけて」
 心配そうな表情のまま、駅員さんはそう言ってくれた。
 親切な駅員さんだなぁ。
 あれ?
 この駅員さんにどこかで会ったような……。
 …………。
 気のせいかな。
 そういえば、孝宏君と初めて会ったときにも同じ感覚に襲われたけど、どうやら初対面だったみたいだし……今回もそうなのかも。
 
 私は会釈をしてから、改札へと向かった。



 しかし、改札から外へ出ようとした私の脳裏に、またも映像が浮かび上がる。

 ホームに停車している電車。
 安全を確認するために降りてくる車掌さん。

 そこで映像は途切れた。
 これって……いったい何の幻なんだろう。
 鮮明ではないので、今回もどこの駅なのかはっきりとは分からないけど、少なくとも今いる寒蝉駅ではないことは間違いない。
 ………。
 考え続けていても埒が明かないので、私はゆっくりと改札を通過して外に出た。



 その後、駅から出た私は、一人でぶらぶらとあてもなく街を歩いたが、これといった収穫はなかった。
 当初からうすうす感づいていたけど、やっぱりそう簡単に記憶は戻らないようだ。



 適当に歩きすぎたため、軽く道に迷ってしまったものの、ところどころに立てられていた掲示板に貼ってある地図を頼りに、どうにか孝宏君たちの家に無事に帰り着くことができた。

 いつの間にかお昼近かったので、おばあさんのお料理をお手伝いすることに。
 料理の記憶も全く頭の中になかったはずなのに、ところどころ身体が勝手に動くときがあった。
 ひょっとしたら、私は料理ができるのかも。
 記憶が戻ったら、おいしいお料理を孝宏君に食べさせてあげられたらいいな。
 そんなことを考えつつ、おばあさんのお手伝いを続けた。
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