恋架け橋で約束を

交番にて

 それから橋を渡り、さらに数分歩くと、街中に出た。
 孝宏君に案内してもらって、さらにそこからしばらく歩いて、交番前に到着。
 交番の屋根に付いている丸い時計は、午後六時過ぎを指し示している。

 あたりはようやく、少しずつ夕暮れ色に染まってきている感じだ。
 さっきまでは少し蒸し暑く感じられていたけど、今はかなり涼しくなったように思う。
 交番のすぐそばに立っている電柱を見上げたら、カラスが一羽、ポツンと電線に止まっていた。

「失礼します」
 言いながら交番のドアを開けた孝宏君に続いて、私も中に入る。

「はい、どうしました?」
 中にいたのは五十歳代ぐらいにみえるお巡りさんだった。
 すぐに私たちは事情を説明する。



「ふむ、なるほど……。それはさぞかしお辛いことでしょう。言いにくいのですが……まことに残念ながら、今のところ何の連絡もありませんな。失踪届けも捜索願も。これから出されるのかもしれません」
 お巡りさんは分厚いファイルを見ながら言った。

「あの……私に見覚えはないですか?」
 一応、お巡りさんに聞いてみる。
「残念ながら、ありませんな。と言っても、この区画の住人全員の顔を把握しているわけじゃありませんがね」
 少し困ったような顔でお巡りさんは答えた。
「それで、記憶を失くされているということですが、これからどうされます? 署はここから二駅ほど先にありますから、そちらへ行かれてはどうでしょう? お名前が分かってらっしゃるようですが、残念ながら区役所は閉まってますので。署で手続きを済ませられると、本日、寝る場所を提供することも可能ですよ」

 そうだった。
 これからのことを考えなくちゃ。
 先のことを思うと、一気に気分が暗くなった。
 どうなっちゃうんだろ、私……。

「佐那さんさえよろしければ、うちの家に来てもらうこともできます」
 お巡りさんに向かって孝宏君が言ってくれた言葉に、私は耳を疑った。
「え? そんな……。突然、押しかけてしまって、本当に大丈夫なんですか?」
「佐那ちゃんさえよければ、ね。ウチはわけあって、ばあちゃんと僕の二人暮らしなんだけど、家には空き部屋も多いから、問題ないと思うよ。ばあちゃんは気さくな人柄だから、事情を知れば、きっと快諾してくれるはず。でも、佐那ちゃんもすぐには決められないだろうから、ひとまず、うちの様子だけでも見に来るかな? それで気に入ってもらえたなら、ばあちゃんの了解をとるのは難しくないと思うから。どうかな?」
「ご迷惑をかけることになっちゃうんじゃ?」
「気にしなくても大丈夫だよ。佐那ちゃんが来てもいいと思うのなら、ばあちゃんはきっと二つ返事で賛成してくれるから」
「それなら……お願いしてもいいですか?」
 本当にありがたい申し出だった。
 孝宏君や孝宏君のおばあさんにご迷惑がかからないかどうか、それだけが心配だけど。

「そういうことで、いったん、うちに帰りますね。もし、佐那さんがうちをお気に召さなかったときは、警察署のほうに足を運んでみます。そして、明日、区役所にお連れしますよ」
「ふむ、それがいいようだね。それじゃ、何か伝えたいことがあったら連絡するから、ここに連絡先を書いてくれるかい?」
 お巡りさんはそう言うと、孝宏君に紙を差し出す。
 孝宏君は綺麗な文字で手早く、そこに住所などを書き込んだ。



 その後、お巡りさんと挨拶を交わしてから、私たちは交番を後にした。
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