恋架け橋で約束を

ライブ

 私たちはライブハウスに到着した。
 思っていたよりも大きな建物だ。

 中に入ってみると、客席の数も多く、改めてその大きさを実感した。
 そして、すでにけっこうお客さんが入っているみたい。
 後ろのほうには空席が目立つものの、前のほうの列はほとんど人で埋まっている。
 孝宏君と私は、空いている席のうち、なるべく前のを選んで、腰を下ろした。
 そこは前から三列目で、中央付近の席だ。

「いい席を確保できたね。えっと、開演は九時だから、あと三十分ほどか」
 プログラムを見て、孝宏君が言った。
 私もプログラムに視線を落とす。
「そうだね。シンギング・ケバブは……三組目、十時ごろからみたいね」
「うんうん。席を離れると、次また確保できるか分からないから、このままここでしゃべってようよ」
「賛成!」
 そして、私たちはのんびりおしゃべりをして過ごした。



 やがて、九時となり、ライブが開演した。
 最初のバンドの演奏が始まる。
 音楽について、私はまるで分からないけど、激しいロックだということは分かった。
 それにしても、すごい迫力。
 音が身体にぶつかってくるのを感じ、私もすごく興奮した。

 いつの間にか、席は全部埋まっており、立ち見の人もいるみたい。
 にぎわってるんだなぁ。



 一組目のバンドが終わると、十分ほどの準備時間を経て、二組目のバンドがステージに上がってきた。
 一組目と同じく、激しくて速い曲を演奏している。
 こちらも迫力満点だった。



 そして二組目がステージから降りて、しばらくすると、見覚えのある面々がステージに登場した。
 智君、崎山君、そして……。

 え………。

 あそこにいるの、美麗さんじゃ?

 美麗さんもメンバーだったの?!
「あれ? 九十九さんがいるね!」
 孝宏君も驚いたみたいだ。
「孝宏君は聞いていないの?」
「いや、何にも」
 私たちがそんな会話を交わす間も、ステージ上の準備は整えられていく。
「九十九さんはキーボードを演奏するみたいだけど、そういえばこのバンドって、ボーカル、ギター、ベース、ドラムの四人構成で、キーボードの人はいなかったはず」
 今、ステージ上に目を移すと、そこには五人いることが分かった。
 ドラムの人とギターの人には、私は会ったことがなく、初めて見る人だ。
「美麗さん、新加入メンバーなのかな」
 私が聞くと、孝宏君が「そうかも」と答えてくれた。
「九十九さんはピアノが上手いらしいから、演奏技術的には何も問題ないはずだけど、練習時間はちゃんとあったのかな」
 あ、そういえば……夏祭りの帰り道で、趣味が「ピアノ」って言ってたっけ、美麗さん。
 ステージ上の美麗さんに視線を戻すと、その顔は自信に満ち溢れていた。
「美麗さん、自信ありそうだね」
「そうだね。あ、始まるみたいだよ」

 やがて準備が完了したらしい。
 私たちは、すぐ口をつぐんだ。
 智君がマイクを持って、「えー」と声を出すと、水を打ったように観客席が静まり返る。
 智君は慣れているのか、落ち着いた態度でMCを始めた。
「おはよう! 今日は盛り上がっていこうぜ!」
 観客席から「おー」という声が上がる。
 孝宏君と私も、もちろんそれに加わっていた。
 その後、曲名の紹介を終えると、智君はスタンドマイクを握り締め、目を閉じる。
 直後に一曲目の演奏が始まった。

 私にとってちょっと意外なことに、一曲目はバラードみたいだった。
 ここまで二組のバンドが、共に全て激しい曲ばかりを演奏していたので、てっきり「ライブっていうのはそういうものかな」と思っていたから。

 感情をこめた様子で歌う智君。
 そういえば、一緒にカラオケへ行ったときも、すごく上手かったなぁ。
 この歌声を生で独り占めしていたなんて、今から考えると、かなり贅沢な思いをしていたのかも。
 やがて一曲目が終わり、会場からは拍手が鳴り響いた。



 二曲目と三曲目は、バラードではないものの、明るいポップス系の曲だった。
 演奏のこととか、私にはさっぱり分かっていないけど……「上手いなぁ」と感じる。
 そして、たった五人で、素敵な音を作り出している智君たちを、心からすごいと思った。
 多分、贔屓目は入っていると思うけど……私は個人的に、今までの二組よりも、シンギング・ケバブが一番好きだなぁ。
 音楽に限らず、自分の好みや趣味まで、すっかり記憶にない私だけど、少なくともポップス系の曲が好きということが分かった。



「それじゃ、最後の曲いってみよう!」
 智君が元気良くそう言うと、また演奏が始まる。
 四曲目は、ここまでの三曲より、アップテンポで激しい曲だった。
 こういう曲もいいかも……。
 いつの間にか、孝宏君と私も、周りの観客と同じくノリノリで身体を動かしていた。



 やがて曲が終わり、「今日はありがと~!」と大きな声で言う智君。
 そして、五人は撤収していった。

「じゃあ、僕たちはそろそろ出よっか。裏口近くに行けば、智たちと話が出来るかも」
「うん!」
 私たちはライブハウス裏手にあるという、ドア前へと向かった。



「うわ、びっくりした」
 孝宏君と私の前にあるドアが開いて、智君が出てきて言った。
 後ろから、崎山君や美麗さんたちも続く。
 他のメンバーさんと私は、初対面だったので、智君に紹介してもらった。

「九十九さん、いつからメンバーに?」
 孝宏君が、私も聞きたかったことを聞いてくれた。
「話はずいぶん前から伺ってまして、楽譜を見せてもらったり、実際に弾かせてもらったりしていたんですが、正式決定は昨日ですよ」
 ええっ、昨日の今日で、あれだけの演奏はすごいなぁ。
「これからは五人体制でやっていく!」
 智君が胸を張って言った。
「そうでございますね。やはり、美麗さんのキーボードは素晴らしい」
 崎山君が言う。
「ありがとうございます」
 美麗さんも嬉しそうに笑っていた。



 それからしばらく雑談した後、私たちは解散ということに。
「終わっちゃったね。じゃあ、そろそろ家にいったん戻ろっか。今から帰ると、お昼ご飯の時間にはちょっと早いけどね」
「うん、そうだね」
 孝宏君と私は、お昼ご飯のために、いったん帰ることにした。
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