涼子さんの恋事情
第3話

 翌日、解雇通知の連絡をすべく山田の元へと赴く。本来なら涼子の一存で解雇する権限はあるものの、今回は山田の紹介ということもあり、その意向を無視して解雇は出来ない。ある程度予想はしていたものの、解雇について反対をされる。涼子の責任問題と揶揄されるも、解雇の意思は譲らず真っ向から対立する。
「どうしても辞めさせたいのかね?」
「はい、先程から申し上げておりますように、この職務は彼に向いていません。一日でも早く辞めさせてあげるべきです」
「仮の話だが、それにより社の存続が危ぶまれることになってもかね?」
 含みをもたせた言い回しに涼子はピンとくる。
「白川君は代議士の御子息ですか?」
「相変わらず察しがいいな。今は引退しているが、元大臣の御子息だ。大臣と私は旧知の仲でね。政治家としていつかは息子に地盤を継がせたいというのが希望だが、本人は普通にサラリーマンとして働きたいと対立したようだ。そこで一度サラリーマンの厳しさを体験させようという流れになり私のところに話が来たんだ」
 黙り込む涼子を見て山田は安心する。
「そういうわけだから、白川君の件については穏便に頼むよ。辞めてもらうにも早過ぎては角が立つ。言っている意味、分かるよね?」
「分かりました。では辞表という形ならば問題ありませんね?」
「小早川君!」
「解雇で波風が立つとおっしゃるならば、彼本人から辞意を表明してもらうまでです。これでしたら問題はないかと思いますが」
「君には融通というものが利かないようだね。この件は社長にも報告させてもらう」
「ご自由にどうぞ。では私はこれで失礼します」
 山田からの恨めしげな視線を涼しい顔で過ごし部署に戻る。解雇の件が気になっているのか、誠治は緊張した面持ちで涼子を見る。
「白川君、ちょっと来て」
 デスクに座る達也を呼ぶといつもの会議室に誘う。誠治から解雇の件を聞いているのか、今にも泣きそうな顔をしている。
(情けない男ね……)
 涼子は内心蔑みながら口を開く。
「先程、山田常務と貴方の解雇について話してきたわ。理由は分かるわよね?」
「はい」
「山田常務は貴方が代議士の息子だから解雇は出来ないと言ったわ。だから私は辞表を提出させて辞めさせると言った。ま、そうは言ったものの辞表は本人が決めて出すものだから、私が強要することは出来ない。そこでだけど、貴方はこのままここで働きたいのか、それとも責任を取る形で辞めるのかどうかを聞きたい。私見で言わせて貰うと、貴方はサラリーマンに向いてないとだけ言っておくわ」
 涼子の高圧的な態度と言葉を浴び、達也は怯んで黙り込んでいる。一見が童顔で愛らしく、子供を叱りつけているように感じてしまい良い気持ちはしない。
(いつまで無言を貫く気かしらコイツ?)
 腕組みをしたまま眺めていると、達也はゆっくりと話し始める。
「辞めたくないです。まだサラリーマンらしいこと一つもしてないのに、辞められません」
(コイツ、ぬけぬけと言えたわね)
「さっきの私のセリフ、遠回しに聞こえた? 分かり易く言い直そうか?」
 強要しないと言いつつも涼子の中では既に見切りがついており、辞意の表明をしてもらうことしか考えていない。しかし、予想外に達也は食い下がってくる。
「部長の言いたいことは理解してます。けど、僕は絶対辞めるわけにはいかない。辞めるくらいなら死んだ方がマシだ!」
(死んだ方がマシって、この子ボンボンのくせになんでそこまでこだわるの……)
 涼子は動揺を隠しつつ疑問をぶつける。
「一つ聞いていいかしら? なんでサラリーマンにこだわるの? 将来が約束されている名家の長男なんでしょ?」
「そういうのが嫌なんですよ」
「えっ?」
「そうやって家柄だけを見て、勝手に人生のレールを決めつけられるのが。僕の人格や生きてきた道のりを全て否定されているようで嫌なんだ!」
 初めて見る達也の感情的な姿に少し驚くが冷静に切り返す。
「矛盾してるわね」
「矛盾?」
「その忌み嫌う家柄のコネで入社しといて、頑張ってサラリーマンしようだなんて失笑だわ。そんなに家柄が嫌いなら親子の縁を切って、試験を受けて実力で入社してからモノを言いなさい」
 涼子から発せられる強烈な正論に達也は口をつむぐ。
(これだから勘違いなボンボンは嫌いなのよ)
「貴方が辞めないならそれでも構わない。ただし、私はずっと貴方を認めないし気にもかけない。これからも好きにサラリーマンすればいいわ。話は終わり。無駄な時間だったわね」
 何か言いかける達也を強引に遮り涼子は会議室を退室する。会議室の角を曲がると青木が待ち構えていたようで、心配そうな顔で話し掛けてくる。
「部長、白川君の処遇はどうなりましたか?」
「現状維持、私の中では見限ってるけどね。結局、常務の意向は無視できなかったわ」
「そうですか」
「嬉しそうね?」
「いえ、まあそうですね。白川君だけじゃなく部長にも良かったなと」
「ん? 何で私が入るの?」
「部長、今までどれだけの部下を辞めさせてきたか覚えていますか?」
「覚える必要がない事だと思うわ」
「そうですか。逆恨みと思われるでしょうけど、部長を良く思っていない人もたくさんいると思います。ですから、白川君の件にしてもできれば穏便に事を運んで貰いたいと思ってました。これ以上、部長に変な危害が及んで欲しくないので」
「もしかして、私の事心配して言ってくれてるのかしら? だとしたら余計なお世話よ。そういう理不尽な事に遭うのも承知で判断してるから。馬鹿なこと言ってないで仕事に戻りなさい」
 予想していなかった誠治の意見に、少し不機嫌になりつつ涼子はフロアを後にする。誠治はその後姿を心配そうな面持ちで見つめていた。

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