あなたの手に包まれて




『ーーーーーと言うわけで、外国人観光客を広く取り込むべく、浅草という土地柄を全面に打ち出した…「んーちょっと待ってね〜」』


画像を駆使したプレゼン内容は総括マネージャーの巧みな話術も相まって素晴らしいものに思えた。

これまでに各部署が試行錯誤を繰り返しまとめてきた、新しく計画中の浅草の複合商業施設案は和テイストの内装に日本の工芸品やお土産用贈答品から食事処、また都市銀行の両替窓口や大型トランクを預けられる手荷物預け所を作るなど、ヨーロッパのターミナル駅同様の施設を兼ねており、外国人観光客が必ずや必要とするであろう魅力的な複合商業施設に思えた。


「んー・・・ ねぇ、美紅ちゃん…」


え?!わたし?!?!

他社員さんたちを挟んで一番遠くに座る私にいきなり顔を上げて声を掛ける社長。


「美紅ちゃんはさぁ、例えばね、パリに行きました〜お茶します〜ってなった時、どんなお店を選ぶ?」


会議室の入口脇で資料に目を通しながら座って控えていた私を他社員さんたちがこぞって振り返って見る。


「え、あの…… オープンテラスでキャリアウーマンのパリジェンヌがフランス語満載の新聞を読みながらコーヒーを飲んでいたり、おとなしい大型犬が脇に座って本人も椅子に座っているのに片手には杖をついてコーヒーを飲むフランス人おじいちゃんがいるカフェを選びます。」

「うん。それはガイドブックを見て探す?」

「いえ、歩いて自分の目で見てピンときたカフェに入ると思いますが…」

「でもそれだと味や価格帯がわからないよね?短い滞在時間の中で失敗したくないだろうし、ガイドブックに載ってるお勧めのカフェに行った方が良いとは思わないのかな?」

「思わないですね。だって、ガイドブックに載ってるお店って観光客ばかりなんですもの。」



!!!!!


自分で言って自分で驚いた。



「そう。外国人観光客ばかりの複合商業施設…それじゃ何をどう頑張っても彼らの目には『魅力的な浅草の一部』には見えないんじゃないかなぁ?

いくらパリっぽさ満載でエッフェル塔が視界に入るカフェでも、お客さんが全員アジア人のカフェにわざわざパリまで行って入ろうと思う?」


私と社長を交互に見ていた面々が完全に面喰らった表情を見せていた。


「これは今の僕の思いつきだから、極めて非現実的な提案なんだけど、もんじゃや天丼は地元の老舗店に任せといた方が良いんじゃないかなぁ。それよりも、例えば、そうだなぁ…同じカフェでも落語カフェにするとか…あ、でも落語は日本語だから外国人は楽しめない?」


まるで悪戯好きな小学生のような表情で、ウキウキ感満載に、ここいる他全員が【打ち合わせ】という名目を忘れてしまうほど楽しそうに次から次と、原案とはかけ離れたアイディアを出す社長。

「そうだなぁ、あとは、教室も兼ねた和太鼓屋さんを入れるとか、あ、鼓の革を扱う古物商も入れちゃうとか?もういっそ一階を半分くらい完全にオープンスペースにしちゃってさ、時にB級グルメ博、またある時は地方物産展、サンバ祭りの時なんかは出演者控え場と本部設置に提供しちゃうとか… あ!その片隅に神輿の収納庫も作っちゃうとか!とにかくさ、地元の方々に有意義に使ってもらえれば自然と外国人観光客の方々には極めて浅草らしい魅力的な施設に見えるんじゃないかなぁ。

…なんて…ま、ホントただの思いつきだから!実現不可能な、商業的ではないことばかりかもだけど…ま、まだ時間はあるからさ、

あ、そうだ!近いうちにさ、みんなで浅草観光行かない?美紅ちゃん、スケジュール調整お願いね〜コースは僕が考えるから!」


え…下見とか視察じゃなく、観光なわけ?!


「まぁそんな感じで、来週もう一度集まってもらって意見出しあおっか。実現可能かどうか、今回の案件に適してるかどうかは後からみんなで検証すれば良いから、とにかくもっとアイディア出し合おうよ!外国人だけじゃないからね〜僕らも日本人地方観光客としてもっと純粋に浅草を探求しようよ!

じゃ、解散!でいいよね?

美紅ちゃ〜ん!ランチ行こう!天丼!」


と立ち上がり無邪気にドアと私の方へ歩み寄る社長はやっぱり少年のようだった。

急に独断でランチが天丼に決まったのも、どうせさっき一度自分の口から『天丼』と発したから食べたくなったのだろう。




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