恋をしようよ、愛し合おうぜ!
離婚に至った決定打、つまり元夫が一度だけ「浮気」をした結果、相手が妊娠したことを野田さんに話すと、運転中の野田さんは前を見たまま、「そりゃ・・・俺んとき以上にドラマみたいなオチだな」とつぶやいた。

「だよね。でも私、あの人が“浮気”したって聞いても、妻として裏切られたなんて思わなかったし、浮気したことに対して怒りも湧かなかった。ただ、その子を私たちの子として育てるって言うのは、さすがに・・・受け入れることはできなかった。その子が憎いんじゃなくって、なぜ別れたいと思っている人と、私とは関係のない子どもを育てなきゃいけないのって気持ちが圧倒的に強くて」
「あったりめえだ」と野田さんは語気荒く言うと、フンと鼻を鳴らした。

「とにかく、さすがにこの件は私の両親もおかしいと思ってくれたから、離婚したいという私を全面的に後押ししてくれて。それでやっとあの人は離婚に応じてくれた」
「・・・よかった」
「うん。あ、野田さん」
「なんだよ」
「あのぅ、お金・・・。5万円使ってしまったんだけど・・・」
「あー。あれはおまえの金だって言ったろ。俺に返す必要はねえよ。とっとけ。てかそれ使ったなら、おまえ、今金ねえんじゃねえか?」
「ううん!両親に来てもらうことになったのが急だったから、それであのお金を使ったの。貯金はあるし、そこから5万円も返せるから・・・できれば分割で」と最後私がつけ足すと、野田さんは運転しながらククッと笑った。

「返さなくていい。あれはおまえの金だって言ったろ」
「でも・・・」
「じゃーその金は、俺とおまえの金ってことにしようぜ。それならおまえも気兼ねなく使えるだろ?」
「うーん・・・」

それは単に、言い回しを変えただけのような気が、しないでもないんだけど・・・。
でも野田さんの心遣いは十分伝わったので、私は「ありがとう」と答えた。

「というわけだ。その金はおまえが持っとけよ」
「え!やだ!」
「・・・なんで」
「あの部屋に50万近い大金を置いておくのはちょっと・・・心細い」
「そうだなー。あそこおんぼろだからなー」
「“おんぼろ”ってところを強調しないの!」と私がむくれながら言うと、野田さんは面白そうな口調で「へいへい」と答えた。

そんな、何気ないやりとりを野田さんとしているだけで、胸がじぃんときた私は、また泣きそうになってしまった。

「どうした、なっちゃん」
「ん・・・ちょっとね、信じられないなぁと思って」
「は。なにが」
「また野田さんとこういう会話してること。今ね、私・・・すごく幸せだなぁっていう気持ちでいっぱい、です」
「ブッ。おまえ・・・なんでいきなり丁寧語つけてんだよ」
「うーんと・・・何となく。今の気持ちを表現するのにふさわしいかなーと思って。ヘンだった?」
「いや。一瞬ウケたがヘンじゃねえよ。その気持ちは俺も分かるし」
「丁寧語つけたってことが?」
「ちっげーよ!俺も幸せだってことに決まってんだろーが!どつくぞコラぁ」
「いやーっ!」

と言いながら、私たちはクスクス笑っていた。
ホント、今の私たちって幸せオーラに包まれてると思うくらい、幸せいっぱいだ。

「なつき」
「はい?」
「これから俺んち来るか」
「あ・・・えっと、今夜は遅いし・・・」
「今夜おまえとしてえから誘ってんじゃねえよ。ま、いつかはするけどな」とわざと真面目な口調で野田さんが言うので、私は笑ってしまった。

「うん、分かってる。でも・・・実は両腕に蕁麻疹できてて」
「だと思った。掻くのこらえてるように見えたからな。できてんのは両腕だけか」
「今はね」

一時期背中にまで蕁麻疹ができたことも、あのマンションを出た理由の一つだ。

「今は治りかけなの。でもそれ抜きにしても、離婚が成立した直後に野田さんちに行くのは、正直・・・抵抗がある。だから野田さんも“来い”じゃなくて“来るか”って聞いてくれたって分かってるよ」
「チッ。バレてたか」
「バレバレです。だから・・・ありがとう、分かってくれて」
「ああ。ところでなっちゃんよ」
「はい?」
「もしかしたら直でうちに行くことになるかもしれねえと思ってよ、駅行く前にクリスティーナんとこ寄って、おまえんちの鍵預かってきた」
「えっ!?あぁそれは・・・ごめんなさぃ」
「謝んなくていいぜ。その可能性は極めて薄いと俺も最初から思ってたしよ」

だからか、野田さんの口調は、完全にサッパリとしていた。

「今はおまえが俺んとこに戻ってきてくれただけで十分満足だ」
「・・・うん」
「今はな」
「はいはいっ!」
「なっちゃん」
「はい」
「またこうしておまえに会えたら、おまえに会えなかったのはあっという間だったような気がする。おまえに会えなかった間、時間が経つのが毎日すっげー遅く感じてたのが、マジ嘘みてえだ」
「・・・ごめんね。全然連絡取らなくて。何度も連絡しようと思ったけど・・・このまま私のことを忘れてくれたほうが、野田さんにとっては幸せなのかもしれないと思った・・・」
「どアホッ!んなの全っ然幸せじゃねえよ!」と噛みつくように野田さんにどやされた私は、助手席に身を縮めると、「ぅ・・・ごめん」と謝った。

「おまえが連絡しねえだろうってのは、最初から想定済だからいいとしてよ。そんな見当違いなこと、二度と考えんじゃねえぞ」
「・・・はぃ」
「あんとき言ったこと、マジだから」
「・・・うん。私も」

別れ際、野田さんは、こだまに乗ってる私を追いかけながら、『なつき、好きだ』と、口を大きく開けて言ってくれた。
そして今、野田さんは「俺、なっちゃんのこと大好きだぜ」と言うと、前を見ながら私の方に左手を伸ばしてきた。
私はその大きな手をしっかり繋ぐと、泣きながら「私も」とつぶやいた。

「あ?“私も”、なんだよ」
「わた、しも・・・野田さんのこと、好き。すごく好き。大好き・・・」
「よしよし」と言う野田さんの満足気な横顔を、私はチラッと見た。

私・・・この人に恋してる。
この人と恋愛してるんだ。
とハッキリ自覚した途端、体中の細胞が活き活きと湧きたつような喜びとときめきを感じた。

三好なつき。26歳にして初めて、誰かを・・・男性を本気で好きになりました。



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