不機嫌なアルバトロス
俺は、生まれたことすら、世間に知られていなかった。



だから、少し騒ぎになった。




『君の、お母さんの名前は言えるかい?』




椅子に座らされて、机を挟んで年配の男が訊ねる。



答えられるわけないだろう。



生まれてから、声をかけてもらえた記憶がないのに。



言葉、なんて。



俺以外の為にあるんだと思っていた。


俺には、言葉は必要ないんだと思っていた。




人と、目を合わせることも、ほら、こんなに難しいのに。


その直ぐ後か。



電話が鳴って、付き添いで来ていた警察官が出ると、その顔に緊張が走ったのがわかった。




それから俺の目の前に居た男に何事か耳打ちすると、警察は部屋を出て行く。



残って俺を見つめる男は、優しい目をしていたが、心なしかさっきよりも少し憂いを帯びていた。





そして、静かに口を開く。





『今日から、ここで暮らさないか?』





正直、俺は、どうでも良かった。



生きていてもいなくても。



どこで暮らしても、暮らせなくても。



ただ、出されたものを受け止めていくだけだ。



そうやって、今まで来たんだ。
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