明日の地図の描き方
「それで…?どうなったって…?」
夜勤明けの眠い声。お休みの所、起こしてごめんなさい。
「だから、働けることになったの。『ほのぼの園』で」
取り敢えず、週三日のバイトみたいな感じだけど。
「ふーん…良かったじゃない…」
寝呆けながら喋ってる。私の言ってること、理解できてる⁈
「トオル君、私の言ってること、聞いてるの⁈ 」
「うんうん…聞いてるよ…」
「だからね、明日から月・水・金と仕事するから、次の約束の日、会えないの」
それが言いたくて電話してるのに、うんうん…て半分眠ってるでしょ。
「会えないなら…別の日に会お…とにかく今…寝かせて…」
喋ってると眠気飛んで行きそう…って、どんだけ眠いのよ。
(もう、仕方ないなぁ…)
夜勤明けの辛さは分かってるつもり。でも、折角仕事決まったんだから、話しくらい聞いて欲しいのに。
「じゃあまた電話する。おやすみなさい」
「うん…おやすみ…」
ーーって、今まだ昼の二時過ぎだけどぉ…⁈
切れたケータイの画面に向かって、ブツブツ文句言う。仕方ないから、もらってきたパンフレット広げた。

『ほのぼの園』管理者、松田さん、急なお願いに唖然とした表情されていた。
「あっ…す、すみません。私、就活中で職安へ行った帰りだったもんですから…」
しかも親に心配されて仕方なくね。
「お仕事は何されてたの?」
まさかずっと無職って訳じゃないでしょ?…と、事務所に通された。
「三ヶ月前まで、老人福祉施設で働いてました」
持ってた面接用の履歴書。丁度役に立った。
「十年以上働いてたのに辞めたの?」
さらっと目を通し、松田さん聞いてきた。
「はい…ちょっと体調崩してしまって…。でも、もう元気になりましたから」
ホントはまだ不安要素抱えてえるけど、ここで働いてたら、それも失くなるかもしれない…って、それは内緒だけど。
「ふぅん…。十二年か。大した経験の持ち主ね…」
資格もあるのね…と、チェックするべき所はちゃんと押さえてる。
「体力に自信は?」
「あります。交替制の勤務で鍛えられましたから」
三ヶ月前までは…ね。
「そう。でも今は、人手足りてるのよね…」
ガクッ。残念。
「んーでも、経験者さんだから、居てくれると助かるなぁ…」
履歴書と顔見比べる。こんな時、どんな表情すればいいんだろ。
「そうね…じゃあまずは週三日来てくれる?働きぶり見たいから」
「ホントですか⁈ お願いします!」
(ここで働けるんなら、私、何でもいいっ!)
仕事辞めてから体力的にも落ちてるし、週三日勤務なら好都合!
「じゃあ明日から早速お願いします。出勤は八時半、退勤は十七時半の八時間勤務。休憩は一時間、交代制よ」
「分かまりました。ありがとうございます!」
こうして私、『ほのぼの園』で働けることになったんだけど、それがどうも、トオル君は気に入らないらしくて…。

何がそんなに気に入ったの?…と、夜になって電話かかってきた。
「福祉系の仕事は嫌だって、あれ程言ってたのに…」
うん、ごもっとも。その通りです。
「なんて言うか、全部良かった。私が探し求めてたものが、全て詰まってる気がして…」
頭の中に『ほのぼの園』が浮かんだ。
「そんな漠然とした感じだけで決めて、中に入ったら違うって事にならない?」
「うっ…」
否定できないな、そこは…。
「で、でもっ!働いてみたいって思ったの!あそこで働いたら元気になれそうだって!」
「ふーん…」
なんか不満そうな感じ。なんでなの⁈
「私…考えが安直すぎる?」
公務員の彼からしたら、私のやってる事なんて理解不能かもしれないね…。
「すぎる」
グサッ!や、やっぱり…
「…とは思わない。自分でやれそうだと思ったから、決めたんだろう…?」
(そう…そうなのよ!)
「ただ…」
「ただ?」
(何?さっきから何言いたいの⁈)
「…まぁいい。とにかく決めたんなら頑張ってみなよ。ミオならできるよ」
「うん…」
消化不良。言いたいこと言ってくれないと、スッキリしない。
「でも、仕事するとなると、今まで通り会えないな」
「うん、まぁね」
今ですら、週一ペースだもんね。
「浮気、大丈夫?」
「えっ⁈ 」
な、何⁉︎ 急に…
「その『ほのぼの園』ってとこ、男性職員いるだろ」
「そりゃ…いるけど。約一名」
藤堂さんていう保育士の人が。
「言い寄られて、絆されない?ミオはチャレンジャー精神豊富だから」
口車に乗るんじゃんない?…って、失礼な。
「の、乗らないよっ!」
私にも分別はあるって。
「トオル君こそ大丈夫⁈ 私よりも確立高いでしょ?」
「同業者なんて興味ないよ」
キッパリ。こういうとこ、妙に生真面目だよね、この人。
「でもミオは心配。すぐに何でも試すから」
ギクッ…確かにそうだけど。
「人付き合いは慎重よ!一応、人を観る仕事してたんだから…」
お年寄り相手だけど…。
「そうかもしれないけど、心配は心配」
ムカッ!
「そんなに心配なら金曜日会って説明するっ!どんな感じか!」
売り言葉に買い言葉。
「うん、説明して」
(えっ⁈…)
待ってましたとばかり⁈ もしかして、最初から会いたかっただけ…?
(だったら素直にそう言えばいいのに…)
変なとこで気遣うな。何故…?仕事柄?それともただの遠慮?
(そんな誘いにくいオーラ出してるのかな…私…)
付き合い始めて二ヶ月そこら。お互いまだまだ、理解不能な面もある。
でも、何はともあれ、仕事は決まった。明日はハッキリしない身分ではあるけど、これでお金なし、仕事なしからは脱出できる!
新しい日々の始まりに、少しだけ胸が高鳴る。
どうか、私の見たて通りでありますように……。
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