明日の地図の描き方
「あっ…前島さん!」
(ゲッ!雪乃…薫ちゃんまで…やばっ…)
ランチしようかって言ってた店の前。出て来た二人とバッタリ鉢合わせた。
「ぐ…偶然ね…」
頼むから余計なこと言わないでよぉ。
「こんにちは。この間はお邪魔しました……あれ⁈ 」
「この間の人と違いますね。こちらも同僚の方ですか?」
薫ちゃん、一言多い…。
「ううん、彼…」
トオル君の視線、冷ややかかも。恐くて顔見れないよ。
「えーっ!うそっ!彼氏⁉︎ 」
「前島さん、彼氏いたんですか⁉︎ 意外ー!」
…って、それ、どういう意味よ。
「初めましてー、私達、前島さんの前の職場の者でーす!」
「前島さんには、ずいぶんお世話になりましたー」
「あっ、そうですか。どうも」
さすがポリス。ポーカーフェースで挨拶してる。
「この前の人といい、彼氏といい、前島さんモテモテですね」
(ひぇーっ…薫ちゃん、あんた相変わらず言葉過ぎるよぉ…)
「モテてなんかないよ!この前の人とは、単にお茶してただけだし」
(お願いトオル君、変な誤解しないでぇぇぇ…!)
「えっ、でも、二人きりだったじゃないですかー」
「ぐっ…」
マズイ…。これ以上この二人と一緒にいると、絶対に勘違いされる!
「あ、あの私達、ちょっと急いでるから…こめんね、またね!」
トオル君の腕引っ張って退散。別に悪い事してないんだから、堂々としてればいいんだけど…。

急に早歩きしたから?妙に息切れるの早かった。ゆっくり歩き出した私の耳に、天の声…ならぬ、トオル君の声…。
「ミオ、さっきの子達の話、初耳なんだけど?」
冷たい感じ。やっぱ怒ってる…⁈
「あの職場にいるって言ってた男と、二人きりでお茶したのか?」
ううっ…墓穴掘った…私…。
「話聞いて欲しいって言われて、何か悩みかもと思ったから…。一回きりなら…って、その…」
下向いたまま言い訳。トオル君、呆れたように溜め息ついた。
「悩みなんか無かったろ。そいつ」
ギクッ‼︎
「な、なんで分かるの⁉︎ 」
「そう言って誘うと、警戒心持たれにくいからな」
ポリス目線で…ってこと?
「二人でお茶して何かいわれたろ」
ギクギクッ‼︎
(トオル君、勘良すぎるよ…)
「い…言われました…付き合いません?…って」
「やっぱり…」
「で、でもっ!ソッコー断ったから!彼もいるって言ったし!」
ムキになって答える。立ち止まってトオル君、ちょっと困ったような顔して見せた。
「ミオは仕事が絡むと気が緩むね」
「はっ…?」
「仕事の中で上手くやっておかないと…って気持ち強すぎ。話聞いて欲しいって言われた時、同僚だから仕方ないって思ったろ」
み…見抜かれてるよ…刑事みたい…。
「お…思いました…」
「そういう所が甘いんだよ。だから付け込まれる!」
しゅん…反省。黙って俯いた。
ポリスの視点からも、彼氏の視点からも、私のした事、軽率だって言われた気がした。
「ミオ…」
トオル君の声、怒ってるようには聞こえない。でも、恐くて顔上げられなかった。
返事もせずに俯いてたら、トオル君、私の足元にしゃがみ込んで下から顔、覗き込んだ。
「なんだ、泣いてないのか…」
残念そうだけど、ホッとしてる。
「僕が怒ると思って、言えなかったんだろ?」
仕事決めた時、いろいろ言ったからな…って面白そう。こっちはそれもあって、相当ハラハラしたのに…。
「ごめんなさい…黙ってて…」
やっと謝れた。だって恐くて謝ろうって気にもなれなかったんだもん。
「いいよ…って、言ってやりたいけど、今後も同じような事あったら困るから、ペナルティー課そうかな」
「ペナルティー?」
ポリスマンらしい発想。罰金…とか?
「そっ。ちょっと来て」
立ち上がって手握ると、スタスタ歩いてく。少しも立ち止まらずに、どこまで行くのかと思ったら、街中にある神社に着いた。
門の両脇にある、キツネの像がお出迎え。
(お稲荷さん…?)
お詣りでもするのかと思ったら、社殿を横切り、裏手にある大きな杉の木の後ろで立ち止まった。
「ミオからキスして」
「えっ…」
「ペナルティー。恥ずかしい思いしたら、二度と乗らなくなるだろ」
それって…ポリス的な考え…なの?
「ほら、早く」
そんな、催促されてもさぁ…。
(これならまだ怒られた方がマシだよ…)
ドキドキしながら手を伸ばす。そ…っと近づいた前髪が触れた瞬間、心臓が飛び出しそうなくらい、ドキッと胸が震えた。

ーーキスって…これまで何も考えずに受けて来た気がするけど、自分からするキスは、ホントに好きでないと出来ないんだな…って、この時、しみじみ思った…。

(…恥ずかしー…)
三十三にもなって、何言ってんのとかいわれそうだけど、慣れてないんだって。経験少ないから。
赤面する私の側で、トオル君ニヤニヤしてる。次からもう二度と男と二人きりでお茶しないように!って、念押しまでされた。
「分かりました。もうしません…」
二度とヤダから。こんな恥ずかしい思いすんの。
(それに…)
境内出て、一応お詣り。頭下げて拝んだ後、いつものようにトオル君と腕組んで思った。
(宝物は一つだけでいいから…)
仕事なんて、幾らでも代わりがある。でも、トオル君の代わりはいない。
私が怖かったのは、トオル君の怒った顔より、彼に嫌われることだったんだな…って、キスしながら気づいた。でも、彼はそんな私をちゃんと理解した上で、優しいペナルティーで戒めてくれた…。
彼がポリスだから…とか関係ない。
(この人は…)
斜め上の日に焼けた横顔を見つめた。
(この人は、私の一番大事な宝物…)
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