明日の地図の描き方
「ひぃ…はぁ…ふぅ…へぇ…」
クリスマスにお正月、ご馳走続きの年末年始の後のこれ…厳しすぎっしょ…。
「ほら、手貸して」
ガシッて掴んでくれて、有り難いけどぉ…
「トオル君…お願いっ!ちょっ…と…休ませてぇ…」
もうダメ。息切れ過ぎ…。
「しようがないな。じゃあ十分休憩」
助かった…って言うか、何故こんな苦しい山道、またしても登ってんの⁈ 私達…。
遡ること二週間前のクリスマスイブの夜、私が“お試し” でやりたいと言ったの、確かオーストラリアでマウンテン・ロックを見る…だったよね。それにトオル君が、行ってみるか…って応じてくれて。
なのに何故、国内で山登ってるのか…。答えはカンタン。
『時間』と『お金』なし。ついでに言うなら、私、土・日以外休みないから。

「ミオ、冬山登ろう!」
いきなり何を…って、こっちのセリフ、まるで聞かずに連れて来られた近場の登山道入り口。一応、朝、トオル君から指定された。
「温かい格好しといて。靴はスニーカー、ズボンは厚手で」
それを守って来たから、寒くはないけどぉ…。
(まさか冬山登山させられる事になるなんて…)
きっとこれで、明日また筋肉痛だよ。
呼吸整える私の横で、涼しい顔してるトオル君。
(お願い聞かせて。私、何したのーー⁉︎ )
「十分経った。歩ける?」
「まぁ、何とか…」
標高300mくらいって、高いのか低いのかすら分からない。登山口の看板に、そう書いてあっただけだから。
フラフラしながらトオル君に手引かれて歩く。すれ違う登山者もいなくて二人っきり。
(大丈夫よね?この山、遭難なんてしないよね…?)
ケータイも電波微弱だし…不安だぁ…。
「もうすぐ頂上着くよ」
登ったことあるらしく、トオル君、そう言って振り向いた。

「…よいしょ‼︎ 」
頂上への最後の一歩。なんとか掛け声と共に踏み出した。
「お疲れ」
トオル君さすが。私の手引いて登ったのに、殆ど息切れてない。やっぱり鍛え方、違うんだな。
「ミオ、後ろ見てごらん」
息切らしながら振り返る。街全体が見渡せていい気持ち。遠くが広く大きく見えるって、やっぱ感動だぁ。
「僕らって、いつもあの小さな空間で、日常生活送ってるんだな…」
トオル君、珍しく語り出した。
「あんな狭い中で、毎日いろんな事が起こってる。楽しい事や悲しい事、怖い事や辛い事、嬉しい事も…」
「そうだね…」
言葉挟んだ。何となく、その方がいいような気がして。
トオル君、私を見た。だから私も、何となく彼を見返した。すると、真顔で聞かれた。
「ミオは、明日自分の命が無くなるかもしれないとしたら、今日という日をどう生きたい?」
(えっ…何⁉︎ いきなり… 難し過ぎるよ…)
頭の中で質問を繰り返す。
(明日、命が無くなるかもしれないとしたら、今日という日をどう生きたいか…?)
「え…と、とにかく何でも一生懸命やる…かな。悔いのないように…」
その答えにトオル君、頷いた。
「同感。その考え、賛成」
言って欲しかったのかな。すごく満足そう。
「“お試し” なんか、やってる場合じゃないよな。明日、命が無くなるかもしれないのに」
「あっ…」
なんかトオル君の言いたいこと、分かったかも…。
「ミオ」
「はい…」
「警察官はそういう仕事なんだって、分かってるよな。明日の命の保証なんてできない…って」
そんな言い方されると、すごく身に詰まされる。今すぐ何かあるって訳でもないのに、妙にリアルだ。
「分かってる…よ」
「だったらもし、僕がここでミオに結婚してくれって言ったらどう答える?」
「………」
答え、詰まった。
(いつ死ぬか分からない危険な仕事してる自分と、結婚できるか…って、言いたいの…?)
もしかすると、明日急に一人になってしまうかもしれないけど、その覚悟はできるか…ってこと…⁈

(できない…よね。私には…まだ…)
『だったら今のまま、恋人同士でいる?』
自分自身に聞いてみた。
『恋人同士だったら、急にトオル君死んでも後悔しない?すぐに新しい恋人見つけて、生き直していける?トオル君は自分にとって何なの⁉︎ 代わりのきく人な訳…?』
(…代わりなんて、きく訳ないじゃん…トオル君は一人しかいないのに…)
だったら……
「結婚します。ずっと一緒にいます。だから…」
バカだ、私。トオル君「もし」って言ったのに、涙出てきた…。
「…だから、私のこと…離さないで…」
ぎゅっと手握った。温かい手の温もりから伝わる安心感。ずっとこの温もりに、触れていたい。包まれていたい…。
「ミオ…」
トオル君、涙拭き取ってくれる。
仮定の話にバカみたいに真剣に答えて泣く私を、力強く抱いてくれた…。
「安心した。ミオがそういう気持ちでいてくれて…」
嬉しそうな声。
「仕事や見合いの時みたいに、思いつきで僕と付き合い始めて、今もまだ“お試し” 期間なのかと思った」
「何故そんな…」
「だって、答え方がテキトーだったろ。休みに何したいかって聞いた時。こっちはいつも真剣に考えてるのに…」
自分の仕事は、明日の命が保証できない危険なもの。だから剣道で精神鍛えて、ジムで身体鍛えて、死への恐怖と戦ってるのに…。
トオル君の言葉、胸に刺さった。
「ごめんなさい。私…テキトー過ぎたね…」
母親の言うように、ポリスと付き合うってことは、勇気も覚悟もいることなのかも。
“お試し”という名の元、いろいろチャレンジしてきたけど、一日一日を大切に、真剣に生きてるトオル君には、きっと危なっかしくて不安定で、いい加減なものにしか見えなかったんだよね…。
(だからわざとこんなペナルティー課して、教えてくれたのか…)
時間の大切さ、命の重さ、未来描いていく意味ーー…
「ミオの“お試し”精神、悪いとは思わない。でも、僕と自分の人生に関わる事だけは、やめといて欲しい」
“何かあっても、すぐに守れる訳じゃないから……”
耳に響く優しい声に、胸がキュッ…と締め付けられる。
“お試し”で始めた恋愛が、いつの間にか本物になって、かけがえのない、大切なものになってた…。
(このかけがえのない宝物と、未来きちんと描きたい…)
スルッ…
腕の中から一歩離れた。
トオル君、驚いたような顔してる。今から言うこと、決して“お試し”じゃないからね…。

「…小野山トオルさん、私と結婚して下さい!」
ーーあっ、また言い方間違えた… 
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