読書女子は素直になれない
第10話

 スマートフォンの画像フォルダには蓮と亜利紗の写真のみならず、親と思われる人物との集合写真もあり前言に偽りないことが如実となる。
「もういいか?」
 そう言った蓮は明らかに不機嫌な顔をしており、千晶は居たたまれず顔を赤くし頷く。
(うう、穴があったら入りたい。穴がなければ掘りたい気分。妹さんが居たなんて初耳だ。気まずさ百万ボルトだわ……)
「全く……、噂話なんて信じてんじゃねえよ」
「ごめんなさい、申し開きもできません」
「もしかして、避けてた理由もそれ?」
 黙って頷く千晶を見て大きな溜め息を吐く。
「中村さんに亜利紗との写真を見られたのは事実だけど、さっき言ったように妹。もし、噂の出所が中村さんなら五十嵐さん担がれてる」
(恋のライバルって思われてたら、それくらいの嘘は平気で吐きそうだ。そうだ、なんで信じてたんだろ、私が馬鹿だった)
「歓迎会のときも、救護のお礼がしたいっていうから仕方なく夕飯をご馳走になっただけだし。五十嵐さん、俺のこと信じてない?」
「信じるもなにも、十年間音信不通だと今の鷹取君がどう成長してどんな人物になってるか分からない。急に連絡取れなくなったんだもの」
「ああ、それは、ごめん……、ちょっといろいろあってな」
「連絡も取れなくなるくらい大変だった?」
「ああ、そうだよ」
「理由を教えて、それだけじゃ納得できない」
 批難の眼差しを向けられ蓮は押し黙ってしまう。
「言えないの?」
「正確に言うと、言いたくない」
「分かった」
 そう言うと千晶は踵を返しその場を後にしようとする。しかし、瞬時に腕を掴まれ蓮が詰め寄る。
「待ってくれ、まだ話がある」
「私にはない、放して」
 決意のこもった目つきを察し、蓮は素直に離す。千晶は何も言わずに早歩きで去って行く。
(言いたくないって何よ! ずっと待ってたのに。約束信じて待ってたのに! 馬鹿みたい、ずっと、十年も待ってるなんて信じた私が馬鹿なんだ……)
 泣きたくなる想いをこらえながら俯き歩いていると、目の前の男性とぶつかってしまう。
「あ、ごめんなさい!」
「お、五十嵐さん! 今日も会ったね。ホラ、これ見てよ、さっきそこで『クレイモア』の最新刊買ったんだよ。こんな面白い漫画がこの世にあったなんて……」
 屈託のない笑顔で話し掛けてきた翼の雰囲気に安心し、千晶の涙腺が緩んでしまう。
「ちょ、ちょっと五十嵐さん? どうした?」
「えっ、あ、ごめんなさい。なんでもない、なんでもないの……」
(恥ずかしい、後藤君の前で涙流すなんて)
 涙を拭いながら必死に平静を装うが、気が動転してしまい涙は止まらない。
「五十嵐さん、一体何が……」
 動揺しながらも手を伸ばし千晶の肩に触れる。その瞬間、真横から蓮が現れその手を強引に払い除ける。
「痛え!」
「五十嵐さんに触るな!」
 そう言うと蓮は翼と千晶の間に割り込む。
「はあ? お前誰だ?」
「お前に名乗る必要は……、ん? もしかして、翼か?」
「ああ、何で名前知ってんだよ」
「鷹取だ。昔殴り合いした転入生、とでも言えば思い出すか? イジメっ子の大将さん」
「げっ、マジか。お前地元に帰ってきてたのか?」
「帰っちゃ悪いか?」
「ああ、悪いね。せっかく五十嵐さんと仲良く……、もしかして、五十嵐さん泣かしたのお前じゃねえだろうな?」
 泣かしたという言葉を聞いて蓮は千晶の方を向く。千晶は蓮の出現に居心地悪そうにしているが、涙目は収まっておらず泣いていたという言葉が真実だと悟る。そして、しっかりとした状況が把握できないものの、ついさっきまで泣いてなかったことを考えると原因が自分にあるのだとも理解できた。
「理由は分からないが、泣いていたのなら俺のせいだろう」
「やっぱりな。お前じゃ五十嵐さんを守れないんだよ。これからは俺が守っていく。さあ、五十嵐さん、こっちにおいでよ。話の続きをしよう」
 手を差し伸べる翼をみて千晶はその手をゆっくりと取る。その様子に蓮は苦しそうな顔をし、対照的に翼は勝ち誇ったように笑う。千晶は手を繋いだまま翼の後を歩く。気になって一瞬だけ振り向いたが、蓮はその場で立ち尽くしていた――――


――翌日、出勤しフロアに入ると蓮と目が合うも無視してデスクに向かう。昨夜、翼とはほとんど話もなく駅まで送って貰い何事もなく自宅に帰る。ただ、今夜のディナーに付き合うという約束を別れ際にしてしまい、少し後悔していた。蓮への当て付けという意味もあったが、それが本意でないことも理解しており自己嫌悪に陥る。
 蓮からの視線を無視して一日を終えると、避けるように退社し翼との待ち合わせ場所へと向かう。翼は既に待機しており千晶の姿に手を振る。エスコートされて入店したレストランは純和風となっており、美味しい天ぷらが一押しと聞き楽しみな部分があるものの、相手が相手だけに気が乗らないところもあった。
 翼の方は楽しそうにしており、おすすめした漫画の話を切り出してくる。自分自身が好きな漫画だけにその話は弾み、終始穏やかな雰囲気で会食は終わった。駅への帰り道でも漫画談義は止まらず、途中の書店で最新刊のチェックも含め立ち寄ることになる。
「『名探偵コナン』の新しいヤツは来月か~、五十嵐さんコナン見てる?」
「うん、服部君好きだし」
「関西弁だから?」
「それもあるかもね。コナン君との掛け合い漫才もツボかな」
「ああ、分かる分かる。服部がつい工藤ってネタバレしそうになるとことか鉄板な」
 発売日一覧を並んで見ながら語る二人の姿は一見してカップルのようにも見える。千晶もそう見られている可能性に気づいてはいるものの、翼との話自体は楽しく戸惑う。
(こんなところを鷹取君が見たらどう思うだろう。何も思わないか、ずっと忘れてたみたいだし。むしろ、会社関係の人に見られたらまずいかも……)
 悪い予想とは得てして当たるもので、背後から掛けられた女性の声で最悪の状況がやって来る事が容易に想像できた。

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