理想の結婚
第17話

(一輝君? なんでここに?)
 驚きながら一輝を見つめているとその背後から千歳も現れる。
「カズに千歳? なんだ二人そろって」
「何かですって? それはこっりのセリフ。ノリから全部聞いたよ。お兄ちゃんこそなにやってんの? 借金を盾にして理紗姉と結婚? 恥ずかしくないわけ?」
「そんなこと俺の勝手だろ。口出しするな」
「お兄ちゃんが勝手にするなら私も勝手にさせてもらったから」
「なんだと?」
「内海家のお兄ちゃんへの借金は私が全額立て替える形で払った」
腕組みをしながら言い放つ千歳に嘉也は唖然とする。
「はあ? 金は?」
「家を担保に当該銀行から融資。あの家は単独で私が相続したから売却可能。でしょ? 一輝君」
「ああ、全く問題ない」
「カズ、オマエの入れ知恵か!」
「伊達に法学部行ってねえよ。さあどうする? アンタ、今日から住むとこねえな」
「構わないさ。支払ったというなら俺の口座に金が入ってるはず……」
「ああ残念、その金なら既に理紗姉の銀行口座に婚約の結納金として全額振り込んでる。借金を結納金代わりとすと行ったのはアンタ自身だろ? 証言は取れてる」
「何言ってんだオマエ? 頭おかしいのか? 俺たちはもう夫婦なんだ、普通に返してもらうわ」
「結婚を盾に半ば脅迫しそれを以て金銭の授受を履行した。婚姻届が動かぬ証拠だな」
「それがどうした。金の力で結婚しようとして何が悪い」
「不法原因給付。不法な手段を以て締結した契約は無効。それによって授受した金銭は原資利息ともに返還する必要はない。つまり、振り込んだ金も返す必要もないし、その婚姻届も無効」
 一輝の説明に嘉也は固まっている。その姿を見て一輝はさらに追い討ちをかける。
「そういや、十年前の襲撃事件の正犯もアンタなんだよな? あのとき逮捕された二人組みは殺人未遂で実刑だった。ちなみに殺人未遂の時効は十五年。これがどういう意味を差しているかわかるよな?」
 時効が成立していないことに気がついた嘉也は顔を真っ青にしている。
「俺はアンタに感謝してるよ。幼いながらに、強くなることの真の意味を理解できたからな。力だけじゃない本当の意味で、大事な人を守るにはどうすればいいかをな」
(一輝君、強くなるために、私を守るために法学部に。なんて人なの……)
 一輝の想いの強さに触れ理紗の瞳からは涙が溢れる。涙するその様子を見て一輝は理紗に踏み寄る。
「理紗姉、おいで」
 差し伸ばされて手を見たと同時に、その手をすり抜け胸の中に飛び込む。
「一輝君! 一輝君!」
「ちょ、理紗姉?」
 胸に顔をうずめ泣きじゃくる理紗に一輝は困惑している。その様子を鋭い目つきで見ていた嘉也がふいに動き、一輝は理紗を抱き締めたまま後方に退避する。案の定、嘉也の右手にはナイフが握られており、周りの全員が警戒する。
「こうなったらオマエら二人とも道連れだ! 殺してやるよ!」
「本性が出たな。これで実刑確実。アンタの人生は詰んだ」
「煩い! このカスが!」
 ナイフを構え嘉也が吠えた瞬間、その声よりもさらに大きな声で怒鳴り声があたりに響き渡る。
「やめんか! バカ者が!」
 声のする方を向くと、千歳の後ろから長老こと正蔵が鬼の形相で立ち尽くしている。齢八十とは思えない力強さと存在感で、今現在でも親類の誰もが恐れていた。その正蔵に並ぶようにその他親族も駈け付けており、嘉也包囲網が完全にできあがっている。
「事情は千歳から全て聞いた。嘉也、おまえのしたことは鬼畜の所業じゃ! 罪をあがない出所したらワシの寺で生涯修行せい!」
 正蔵に言われるとナイフを持った嘉也も子供のように小さくなる。
「それと一輝、なんもかんも法律でどうにかなると思うな。その思い上がりは身を滅ぼすぞ。もっと心を育ててから物を言え」
「わ、分かりました。精進します」
 緊張しながらも一輝は理紗を抱き締めたまま、突っ立っており正蔵は咳払いする。
「それと、いつまで理紗を抱いておる。早よう放せ」
「あっ」
 正蔵に言われ一輝は慌てて離れる。理紗も照れているのか顔が真っ赤になっている。
「理紗、大変だったの。爺に早よう相談すればよかったんじゃ」
「ごめんなさい。心に余裕がなくて、どうしていいか分からなくて。怖くて……」
「うむうむ、もう良い。すべて済んだこと。家でゆっくり休め。嘉也、おまえはこれからワシと警察じゃ、早よう車に乗れ!」
 親族全員に睨まれ嘉也も観念せざるを得ない。黒服の男達も情勢が悪いと察したのか大人しく警察署へと向う。嘉也の乗せた車が走り去ると、母屋から奈津美が飛び出し号泣しつつ理紗を抱きしめる。理紗もその涙に感化され大声で泣く。一輝のみならず、千歳や克典もその様子を笑顔で見守っていた。

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