理想の結婚
第2話
 
 静岡駅を通過した頃には諦めがつき、理紗も落ち着いて雑誌を広げる。隣の青年のことが気にならないと言えば嘘になるが、話しかけようとも思えず自分の殻に閉じこもる。青年の持っている音楽プレイヤーと同じものを持っていたが、出掛けに忘れてしまい時間潰しはこの雑誌頼りとなる。
(これからの時間、この無愛想男の隣だなんて苦痛以外のなにものでもない。今はとにかくこのクロスワードに集中するのみ!)
 予め買っておいたペンを取り出すと、目の前の台を倒し雑誌に向う。小説等と違ってクイズやパズル系は頭も使い時間もかなり潰せる。しかもプレゼント付きとくればやる気も起きるというもの。簡単な問一から解き始め、理沙は順調に解いていく――――

――新大阪を通過した頃、難問のパズルに当たり理紗は首を傾げる。プレゼントが現金三万円の問題ということもあり、辞書や検索サイトでも使わない限り解けそうにないレベルだ。
(芸能とか時事、文系はいいんだけど世界史と理系はダメなんだよね。七割程度じゃキーワードからも推理できないし……)
 ペンを回しながら真剣に見つめていると、隣から突然指が伸び雑誌を指差す。
「ここ、ニトログリセリン」
「えっ?」
「狭心症とダイナマイトのところ」
 突然横から回答され戸惑うも、黙って雑誌に向い言われた通り書く。
「その隣は、アウグストゥス。初代ローマ皇帝」
「それホント?」
「常識だけど?」
(くっ、コイツまた人をイラッとさせることを……)
「もしかして、今空いてるワード、全部分かっちゃう?」
「どうだろう。ちょっと本見せて」
 返事をする前に雑誌を取り上げれら問題を見られる。
(コイツの辞書には人見知りという単語はないのだろうか)
 不信感を抱きながらも見つめていると本を返される。
「いくつか分かるけど、この日本最古の庶民学校ってところを解いたらキーワードだけは出せそう」
「ホント? これどこの学校だろ?」
「何かで聞いたことあるんだけどな~、ド忘れした」
「じゃあ周りから攻めてみる? そこからパッと閃くかも」
「定石だけどそれしかないな」
 少し身を寄せ合い、二人は真剣にクロスワードを解き始める。最初は警戒していた理紗も話していく中で次第に慣れ普通に話す。青年は最初から緊張していないのか変わらずどんどん話し掛けてくる。幾つか解き進めていると頭文字が浮かび二人は同時に閃いた顔をする。
「分かった! 閑谷学校だ。ああ、私なんで忘れてたんだろ。遠足で行ったことあるのに」
「俺もある。親戚がその近くに住んでたし」
「君、岡山出身?」
「そう。お姉さんもでしょ」
「うん、切符見た?」
「まあ」
 そう言うと青年は視線を逸らし再び黙り込む。
(なんだろ、私変な事言ったかしら?)
 見つめていても変化がないので仕方なくクロスワードに向う。しかしキーワードが幾つか出るも答えまでは分からない。
(無愛想男はこれで分かるって言ってたけど、なんか聞き辛い雰囲気なのよね)
 悩んでいると青年が理紗を見る。
「なに?」
「真夏の世の夢、だよ。答え」
 キーワードに目を落とし、それが正答だと理解できる。
「なるほどね。シェイクスピアか。凄いね、クイズはなんでもござれって感じ?」
「そうでもないよ。あんまり勉強好きじゃないし」
「そう、君、高校生?」
「大学生。そんなに子供に見える?」
「ごめんなさい、凄く童顔と言うか若く見えたから」
「お姉さんこそ高校生?」
「社会人四年生。そんなに若く見える?」
「いや、知識的に」
(こ、こ、こいつ、暗に私をバカと言いたいんだな? やっぱり嫌いだコイツ!)
 引きつった顔で見ていると青年は軽く笑い口を開く。
「冗談だって、若く見えるよ。高校生とまではいかないけど」
「今更褒められてもね」
 批難の眼差しを受け何を思ったのか青年は席を立ち上がる。
(なになに? どうした)
 棚の荷物を降ろすと自分のバッグを通路に、理紗のバッグを座っていた座席に置く。
「どうしたの?」
「もう五分程で岡山だから下ろしとくよ。俺はもう乗降口に行くし」
「そう、じゃあ私も行くよ。バッグで席を取ってるみたいな形になるし」
「あっそ、じゃあお先」
 そう言うと青年はバッグを担ぎ乗降口へと向かう。急いで雑誌を詰めると、倣ってバッグを引いて行く。乗降口まで行くと当然のように青年と目が合う。並んで立ち改めて分かったことだが、理紗よりも頭一つ背が高い。
(無愛想で性格悪そうだけど、背高いし結構なイケメンだな。昨日の今日で、私的にはしばらく恋愛はごめんだけど)
 心の中で勝手な想いを抱きながら見つめていると、相手も見つめてくる。
「さっきから俺見てるけどなに?」
(しまった、私、そんなに凝視してたからしら)
「ああ、えっと、さっきはクロスワードありがとう」
「いや、俺も楽しめたから」
「うん、でも助かったし、荷物も上げ下げしてくれて感謝してる」
「そう」
 一言だけ返すと青年は窓の外へと視線を移す。そのまま、岡山駅に到着すると挨拶もなくさっさと去ってしまう。これと言って期待していた訳ではないが、挨拶もなく去られると少し寂しい気持ちになる。
 気持ちを切り替え改札を抜けると少し歩く。奈津美の伝言通り駅の東口にピンク色の軽自動車が停まっている。
助手席から覗くと理紗に気付いたようで、慌ててすぐに降りて来た。
「ごめんなさい、ボーっとしてて気づきませんでした。お久しぶりです、理紗姉さん」
 茶髪のショートカットがよく似合うその女の子は丁寧に頭を下げる。
「久しぶり、千歳(ちとせ)ちゃん。八年ぶりだと全くの別人かなって危惧してたけど、やっぱり面影あるわね」
「そうですか? 理紗姉さんは相変わらず綺麗ですね。私ももっと大人の女性になりたいです」
「いやいや千歳ちゃんも十分可愛いから。まあ積もる話もあるけど、とりあえず実家まで運転お願いしていい?」
「はい、もちろんです。今日はそのために来てますんで」
 快諾されるとバッグを後部座席に置き助手席に座る。女の子らしく車内は可愛い内装をしており、その雰囲気に癒される。岡山駅から実家までは車で一時間程。その道のりを理紗と千歳は仲良くおしゃべりする。従姉妹という関係もあり、幼少期は実の姉のように慕われ理紗自身妹のように思っていた。
「今回って、晃也さんの十三回忌でしょ? 嘉也(よしや)さんも来るの?」
「お兄ちゃんならもう着てるよ。全然手伝わないで実家でゴロゴロしてる」
「ははは、そうなんだ」
(そっか、やっぱり嘉也さんも来てるんだ。子供の頃、凄くお世話になったな。優しくていいお兄さんだったけど、今はどうなってるんだろ)
 少し期待に胸を膨らませていると、千歳が言いずらそうな顔で口を開く。
「あの、今回の法事、お兄ちゃんだけじゃなく。東京の一輝(かずき)君も来るらしいって」
 一輝の名前を聞いて理紗はドキリとする。一輝は親戚の中でも一番自分に懐いており、いつも付きまとっていた。心の底から好いているらしく、大きくなったら理紗と結婚するというのが口癖だったのを覚えている。
 自身の大学進学と同時に会わなくなり、当時小学生だった一輝も今では成人になっているはずだ。子供の頃の口約束とは言え、幼い一輝の気持ちを踏みにじり他の男と結婚を考えていたことに一抹の後ろめたさを覚える。
(一輝君も大人だし、私のことなんて忘れて普通に恋愛しているはず。そうよ、きっとそう)
 一輝の名前を聞いてから考え込む理紗を見て、千歳は恐る恐る聞いてくる。
「理紗姉さん、もしかして、一輝君のこと好きだったりします?」
「えっ、なによ、急に。そんな訳ないでしょ? チビっ子で泣き虫な一輝君よ?」
「それ、八年前ですよね? 今は……、っていうか高校のときからイケメンで背高くてモテてましたよ?」
「そうなんだ。あのチビ助がね~」
「理紗姉さん」
「ん?」
「取らないで下さいね? 一輝君のこと」
「どういう意味?」
「私、ずっと一輝君一筋なんです。何度もフラレてますけど、まだ諦めてないんで」
 挑戦状とも戦線布告とも取れる千歳の言葉に、理紗は息を呑んでいた。

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