帰ってきたライオン




「だったら、もっと出世するように頑張って」

「頑張るからー、見捨てないでよぉぉぉ。頼むよおおおおお」

上田さんはチーフに捕まった。

いや、狩られた。



しかし、狩った獲物の料理の仕方が分からないチーフ。

狩ったらそれで終わりであとはなんにもしないチーフに腹をたて、上田さんは獲物から狩るものへと変身を遂げた。

微妙にM気質なチーフのケツを叩き、

『私と一緒になりたいなら仕事でもいい仕事をしなさい。人一倍努力してあなたなりの仕事をこなして成果を挙げて。あなたならできるわ、頑張って』と、叱咤激励を繰り返し、チーフの鼻先に自分という餌をちらつかせ走らせていた。

チーフも見た目順調に遊び人だ。
しかし中身はM気質。
浮気はしない真面目タイプだと見込んだ上田さんはチーフに落とされてやってもいいかと、やや違う方向から落ちてやって、結婚を前提に付き合う話でいつの間にか進んでいた。




それから更に1ヶ月が過ぎた頃、一通の差出人不明の葉書が届いた。

岩の上で両腕をあげて全開に笑む羊君がそこにでかでかと写っていた。


『あけおめ』


と書かれているけれど、それもう2ヶ月も前なんですけど。と、松田氏と二人でつっこむ。

「あれ、これ見てください美桜さん」

「どれ? うわ、これって」

「あははは。行きたかったんですね」

「可哀想なことしたかな」

「いえいえ、また日本に来た時に行けばいいですよ」

「ん」



悩みに悩んで買った登山ウェアーと靴、ザックには見覚えがあった。

トランクに大事そうにしまっているのを想像するとくすっと笑いがでてしまう。

山、行きたかったんだって思うと心苦しかったけど、それもなんだか羊君らしくて笑えてくる。



「差出人名無いからこっちからは何も送れないとでも思ってるんでしょうか」

「確実にね、ほんと、成長ないわあ」

「あはは、実に羊さんらしい楽観的思考」

「グリーンとメールのやりとりをしていることを知らないんだと思うよ」

「美桜さんとグリーンさんの方が一枚上手でしたね。それに美桜さん、グリーンに気に入られてますよね」

「いや、いじられてるだけだと思う」

「ああ、うっすら羊さんと似てるとこありますしね」


満面の笑みで笑っている羊君の葉書はコルクボードに貼り、グリーンから来ていたメールに返信を打ち、



「そうだ、お水切れてるんですが、買い物行きます?」

「行く行く行く行く! お菓子も買おう!」

「ははは、スナック菓子以外なら」



いつものように手を繋ぎながら車の鍵を持って外にでる。
違っているのは、上に押し上げながら回すのぶじゃなく、程よく重い重厚なドア扉になったこと。



冬の晴れ間が眩しくて目を細めた。
松田氏も同じように目を細めた。

ゆっくりと今を楽しみながら二人でいたい。
肩を寄せながら同じ歩幅で歩いていたい。

心からそう思ったし、松田氏もそう感じてくれていると分かった。






そう、私の感は鋭く当たるのだ。







【おわり】
< 163 / 164 >

この作品をシェア

pagetop