ベストフレンド
第16話

 緊張はしたものの祐輔は常に優しく扱ってくれて、司も初めてながら安心して祐輔に身を任せる。行為後、腕枕をされながら祐輔の寝顔を見つめる。司に話すことで安心したのか、または感情を吐露したせいか、憑き物が落ちたように穏やかな表情で司は寝息を立てていた。
(きっと手術の苦悩からほとんど寝てなかったんだ。可哀相に。これからは私がユウを支えていかなきゃ)
 寝息を立てる祐輔を起こさないようにベッドから降りると、下着や服を抱えバスルームに向かう。身体を洗いさっぱりしている最中、バスタオルを用意していないことに気がつき慌てる。脱衣所でタオルを探していると、祐輔がやってきたようで、腕だけ脱衣所に差し入れタオルを突き出す。
「あ、ありがとう……」
「ああ」
 一言だけ残すと祐輔は静かに脱衣所の扉を閉める。
(気を遣ってくれてるのかな。優しさは相変わらずね)
 司は嬉しさに笑みが綻ぶ。着替えと軽い化粧を施すとリビングに戻る。窓からは綺麗な夕日が射し、リビングを明るく照らしている。祐輔はソファに座りコーヒーを入れて待っている。
「コーヒーでよかったか?」
「うん、ありがとう。いただきます」
 カップに手を伸ばし口をつける。祐輔はその仕種をずっと司を見つめている。
「何? ずっとこっち見てる」
「綺麗で可愛い女だなって改めて思ってた」
 予想外の褒め殺しに顔が赤くなる。
「バカ、褒めても何も出ないからね」
「いや、事実だから言ったまでなんだけどな。なんで今まで彼氏出来なかったんだろな?」
「私が聞きたいくらいよ」
「二十四歳ナンバーワンキャバ嬢が処女で初彼氏。誰も信じねえだろうな~」
「だろうね。私自身信じたくない事実だから」
「マナは知ってたんだろ?」
「どうだろ? そういう話はしないからね。でも、彼氏のいる匂いは全くさせてなかったし、推測くらいはしてたかも」
「そっか、じゃあ早くマナに報告してやらなきゃな」
「ええ、多分祝福してくれると思う」
「そうだな。あっ、そういえば今日仕事は!?」
 祐輔は焦りながら詰め寄る。
「大丈夫、今日は休み。お母さんのところに居たの」
「そうか、ならよかった。仕事の邪魔はしたくないからな」
 ホッとしている祐輔を見て司はずっと考えていたことを口にする。
「ユウ、一緒に暮らさない?」
「えっ? 何言ってんだよ急に」
「キャバ嬢辞めるから一緒に暮らさない?」
「ちょっと待て! 落ち着け! いろいろと意味が分からん」
「私は落ち着いてるけど? むしろユウの方が慌ててる」
「いや、違う! いや、合ってんのか? とにかくお互い落ち着こう」
「うん、分かった」
「よし、まずあれだ。一緒に住むってどういう意味だ?」
「どういう意味って、細かく説明必要? 同じ屋根の下に二人で生活を共にする、って意味だけど」
「そういう意味じゃなくて、なんで一緒暮らそうって思ったんだってこと」
「ユウを側で支えたい。ただそれだけよ」
 真顔で答える司を見て祐輔は返答に困る。
「キャバ嬢辞めるってのは?」
「今のような不規則な生活じゃ、ユウをちゃんと支えられないから」
「俺、いつ支えて欲しいって言った?」
「言ってないよ。でも私の肩で泣いてくれた。それだけで十分意思表示になってると思う。嫌っていうならもちろん強要はしないけど、私は一分でも一秒でもユウと居たい」
 笑顔で語る司を見て祐輔は頭を掻く。
「なんか話がとんとん拍子に進み過ぎて困る。ただ、バツの気持ちは嬉しいよ。だけど今日付き合い始めてもう同棲って早過ぎだ。俺にも心の準備ってもんがあるからな」
「なるほど、ちなみに付き合い始めたばかりで処女奪うのはアリなの?」
「うっ……、それはまあ流れというか。つーかよく考えたらキスしてきたのバツの方じゃねえか」
「先に抱きしめてきたのはユウだけど? っていうか、もしかして私と一緒に居たくない?」
「いや、どちらかというと毎日一緒居たいかな。ただ、ちょっと、な……」
「ちょっと何? 他に女でもいる? 時間稼いで身辺整理?」
「居ないって。バツ以上にいい女なんて居ないよ」
「あ、ありがと……」
 反発する祐輔に納得行かないものの、褒められると顔が赤くなってしまう。勢いが落ちた好機を見逃さず祐輔は切り出す。
「バツさ、彼氏彼女の関係になった瞬間から、二十四時間一緒居たいって思っただろ? 初めての相手だから気持ちは分かるけど、二、三日落ち着いて考えてごらん。いきなりキャバ嬢辞めるとか、冷静じゃないって。俺はずっとバツの側にいるから心配すんな」
 祐輔の言葉が図星過ぎて司は少々自己嫌悪に陥る。
「ごめんなさい。ちょっと焦りすぎてた。嫌われてない?」
「嫌わないって。っていうかバツさ、ホントに恋愛初めてなんだな。恐ろしいくらい不器用だし。これでナンバーワンキャバ嬢だなんて詐欺だわ」
「仕事とリアルは別。場内ではあくまで瑠美を演じてるだけだもの。本当の私は目の前にいる二十四歳の不器用な一女性よ」
「俺はどっちのバツも好きだ。だから安心して俺についてきてくれ」
「うん、分かった。いろいろ迷惑掛けちゃうかも知れないけど、宜しくお願いします」
 丁寧に頭を下げる司を見て祐輔は苦笑いする。司は泊まりたがったが、今日のところは実家に帰って両親との時間を過ごすべきと諭され、しぶしぶ帰宅の途についた――――


――翌日、実家で朝食を済まし邦夫を送り出すと、すかさず祐輔にメールをし早く会いたいと連絡するも、今日は研修先の病院に用事があると断られる。当然ながらヤキモキしてじれったい気持ちになるが、あまりに急かし過ぎると昨日の二の舞に成り兼ねないので我慢した。
 仕方なくマンションに帰ると、通路には脱ぎ捨てられた真っ赤なドレスが目に入り、ベッドには下着姿の愛美がはしたない恰好で寝ている。この様子からして昨晩はかなり飲んだことが推察される。布団を掛け直し、部屋の片付けをしていると愛美が目を摩りながら起きてくる。
「おはよう、珍しいねバツが朝帰りだなんて。彼氏でも出来た?」
 エスパー愛美の一言で昨日のことが思い起こされ顔が赤くなる。
「あれ? 図星? 誰誰? どんな人!?」
 目をらんらんと輝かした下着姿の愛美に問い詰められ、司は困りながらも答える。
「ユウよ」
「あれま、やっぱりユウか。そっかとうとう収まるところに収まったって感じだね。二人両想いだったもんね~、そっかおめでとう!」
「ありがとう、っていうか両想いっていつから気付いてたの?」
「えっ、高校のときからだけど?」
 衝撃的な発言に司は言葉を失う。
「じゃあ、マナは私達が両想いって分かっててユウと付き合っていたの?」
「確実にそうだとは思ってなかったよ。ユウって心のガード固かったし、もしかしたらって程度。前にも言ったけど、ユウの意中人がバツだと推察出来たのはわりと最近。でも、バツについては違うよ。高校のときからユウが好きなんだろうなって雰囲気あったからね」
 愛美の考えに触れて司はショックからか言葉を紡げない。
「高校のとき私がユウと付き合ったのは喧嘩した二人の仲を取り持つという意味だけじゃなく、ユウがまだ私を異性として意識してくれていた点、私がバツとの時間をたくさん持ちたかった点、総合的に考えた上での結論だったの。結果から見ると二人の間を裂く形になったけど、あの時点ではバツとユウが付き合うことはなかったと思う。バツはきっと私に気を遣ってだろうし、ユウとは今のような親交すら生まれなかったと思うから」
 愛美の理論を受け、その全てが的を射ていると実感する。
「もし私がユウと付き合っていたことでバツを傷つけてたとしたら謝るよ?」
「そんなこと思うわけないでしょ? 親友の幸せを祈れないなんて親友じゃないもの」
「ありがとう。今のその言葉、私にも当て嵌まるね。だから改めて言わせて。初めての彼氏おめでとう、バツ」
 下着のまま祝辞を述べる愛美を見て、涙腺が緩みつつその不釣り合いな姿に苦笑いした。

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