Love Butterfly
 俺は、泣いてるのがばれたくなかったから、部屋を出て、工場に行った。作業場には、俺と崇大のバイクが並んでて、その横には、陽子のチャリがあって、ガキの頃からずっと三人やったのに、いつの間にか、陽子と崇大は好き同士になって、俺だけ、なんか、ガキみたいや。
「何してんの」
おかんが起きてきて、俺の顔みて、崇大と喧嘩したんか、って笑いよる。
「バンソウコ、貼っとき」
おかんまで、俺にバンソウコの箱を投げて、早よ寝えや、って部屋に戻っていった。
「おかん」
「何?」
「崇大、ヤクザなるって」
「アホやなあ、あの子はほんまに」
「陽子、崇大が好きやって」
「そうか」
「ええんか? 陽子、ヤクザの嫁はんになってもええんか?」
「その前に、友達がヤクザなってもええんか?」
 おかんはそう言うて、ちょっと笑って、部屋へ行った。
 そんなこと言われても、俺にはどうしようもない。止めたかて、崇大が決めることや。あいつが行く決めたんやったら、それはそれで、しゃあないんちゃうんか。
 しばらく、タバコ吸うて、ぼんやりしてたら、崇大が降りてきた。
「帰るわ。酒、冷めたし」
そう言って、シャッターを開けて、バイクを出した。崇大のバイクは、真紅とゴールドで塗装されてて、俺は趣味が悪いなって常々思ってたけど、こうやって、暗いとこで、月明かりに照らされてみると、なかなかかっこええ。何より、崇大に、よう似おとる。
「ほんまに、ヤクザ、なるんか」
「……陽子が、ヤクザなったら、俺と結婚するゆうから、やめとくわ」
は? 意味わからん。どういうことや。
「ほんじゃあな」
 崇大は、そのまましばらくバイクを押して、見えなくなった。
 しばらくして、エンジンの音が聞こえた。
 あいつはいつも、夜とか朝とかは、こないして、家から離れてからエンジンかけよる。あいつなりの、気遣いなんやろうなあ。
 あいつはそんなヤツで、見た目は、どっからどう見ても、ヤンキーやけど、ほんまは優しいヤツで、ケンカっぱやいけど、相手はいっつも強いヤツで、しょっちゅう女は変えとるけど、たぶん、ほんまに好きなんは、陽子だけで、チームも、俺が一応リーダーってことなってるけど、実際、下のヤツらおさえてんのは崇大で、顔は俺のほうがかっこええけど、俺なんかより、もてとった。俺はどっかで、崇大に、憧れてたし、ヤキモチ妬いてた。
 それやのに、あんな弱音吐くなんか、なんか、俺はそれが腹たったんかもしれん。俺はまだ高校生で、働いてもないし、社会の厳しさとか知らんけど、それでも、崇大かって、たった一年かそこら働いただけで、もう諦めるんかって、俺は、なんか、腹たった。崇大が、仕事でどんな目にあってるんか知らんけど、そんな簡単に諦めるようなヤツやとは思ってなかったから、ショックやった。
 そして、何より、俺は、そんな大事な崇大を、止めることができへんかった。きっと、崇大は、止めて欲しかったんや。俺に、アホかって、諦めんなって、友達の俺に、止めて欲しかった。

「おにい」
後ろに、目が真っ赤な、陽子が立っていた。
「たかにい、私のこと、好きやて」
「よかったやんけ」
「中学出たら、たかにいと結婚する」
「何言うてんねん。高校は行け」
「もう、決めてん」
「……勝手に、せえ」

 結局、崇大を止めたんは陽子で、俺は、たった一人の親友を、守ることも、幸せにすることも、できなかった。だから、やっと、あの、崇大の質問の意味が、わかった気がした。
 誰かを守ったり、助けたり、幸せにすることは、簡単なことやと思ってたけど、実際その場になったら、俺はなんもできなくて、本人のせいにして、逃げることしかできない。こんな情けない俺やのに、その妹は、必死で、自分の人生をかけて、好きな男を守ろうとしてる。まだ十五やのに、まだ中坊やのに、大人みたいな顔して、大人みたいな喋り方で、大人みたいな気持ちで、ずっと好きやった男を、守ろうとしている。

 強い。陽子は、強い。俺なんかより、崇大なんかより、陽子はずっと強い。
 いつの間にか、陽子は、ほんまの、大人の女になってた。
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