Love Butterfly
 京子がチームに入ってから、三ヶ月が経った。いつのまにか、京子は赤い口紅を塗って、目の上は青い化粧して、髪の毛も茶髪になってて、タバコも平気でバカバカ吸うようになってた。初めて会った時の、天使みたいな京子はどこにもおらんようになったけど、京子はチームの中では一番かわいくて、何より、笑った顔がたまらんくらいかわいくて、京子がおるだけで、なんとなく、みんな、安心するっていうか、ほんわかした感じになって、チームの中で、つきおうたり、別れたりは日常茶飯事やけど、なぜか、京子にだけは、誰も手出そうとせんかった。なんとなく、京子は大事にせなあかんっていう雰囲気で、男も女も、みんな京子にだけは、優しかった。
 その日は、クリスマスイブで、陽子とつきあい始めてから、すっかり、チームに顔出さんようになった崇大も、久々に集まって、チームでクリスマス会をした。相変わらず、みんなアホばっかりで、爆笑のまま会は終わったけど、帰り際に、崇大が俺に言った。
「京子、送ったれ」
京子は、他の女とツルんでるし、そんな必要ないって思ったけど、よう見てたら、他の女は男と帰ってたみたいで、京子は一人で帰るところやった。
「京子、一緒に帰ろか」
俺がそう言うと、京子は嬉しそうに笑って、うん、って言った。 
 店の外は、めちゃめちゃ寒くて、京子が寒そうに手をこすり合わせる。その姿が、なんかめっちゃかわいくて、俺は思わず、京子の手を取って、俺のジャンパーのポケットに入れた。
「こっちの手も、寒い」
「そっちの手は、しらん」
 京子とは、チームでは一緒におるけど、こうやって二人っきりになるのは、初めてで、俺はだいぶ緊張していた。しばらく普通のこと喋りながら歩いてると、急に、京子が俯いて、立ち止まった。
「どないしたん」
俺がそう言うと、京子は、メソメソと泣き出した。
「ど、どうしたんや」
京子は黙って、泣きながら、カバンの中から、何かを出した。その手の中には、口紅が一個、あった。
「口紅?」
「……盗んでん……」
「万引きか」
「うち……どうしよう……」
だいたい、わかった。たぶん、京子は、他の女らと一緒に、やったんや。チームの中で、万引きが流行ってんのは知ってて、俺は、注意はしとったけど、止んでないのは、知ってた。
「返しに行こうと思ったんやけど……そんなことしたら……仲間に……入れてもらえんくなるし……」
目の前で、京子は、めっちゃ泣いてて、涙から、湯気が出て、その姿は、やっぱり天使やった。
「いつのことや?」
「先月……」
そんなに長いこと、京子は悩んどったんか……俺は、いつも京子を後ろに乗せてたのに、全く気づいてやれてなかった。
「どこの店や」
「駅前の、ドラッグストア」
「そこやったら、知り合いがおるから、うまいこと言うて、返しといたる」
もちろん、そんなん嘘で、知り合いなんかおらんし、今更返しに行って、通るわけがないけど、その時は、そういうてやるしか、俺にはできんかった。
「ごめんなさい」
もう、ひっくひっくと、京子はガキみたいに嗚咽して、震える手で、俺に、その、口紅を渡した。
「でも……内緒にして……そやないと……」
「わかってるよ」
 俺は、それが、嫌やった。悪い事は悪いと、言えない関係になることが、こういうチームの、あかんところやって、ずっと思ってた。
 そもそも、京子がすんなりチームに馴染んだのは、京子の人間性もあるやろうけど、やっぱり、俺が連れてきたっていうところが大きくて、新入りのメンバーには、普通はイビリみたなんもあって、特に女はそれがきつくて、でもそれがなかったのは、たぶん、俺が京子を連れてきて、いつも俺が、京子を後ろに乗せてるから。そういう、しょうもない上下関係も嫌で、でも、何より、また、俺は、守ってやられへんかった。京子を、守ってやれてない。何があったかしらんけど、京子は、家が嫌で、学校にもほとんど行ってないらしくて、ほんまは、そういうこと、ちゃんと聞いたらなあかんのに、そういうことには、よう触れんくて、知らんところで、京子はまた、こうやって悩んでた。
「そんな泣かんでええから」
 頷いたけど、京子はまだ泣いてて、だから、俺は、京子の手を引いて、さっきの店に、バイクを取りに行った。
「ええもん、見せたろ」
 俺はバイクの後ろに京子を乗せて、冬の風で、顔面が凍りそうで、でも、京子が背中に掴まってるから、全然寒くなかった。
「どこ、行くん?」
「ええとこや」
 そこは、俺が一番好きな場所で、大阪の夜景が、一望できる、山の上。
「わあ! きれい!」
「後ろ見てみ」
振り返った京子は、ええって、笑いだした。
「真っ暗や!」
 ここは、大阪と奈良との県境で、大阪側は、ネオンとかテールランプで、夜中も明るいけど、奈良側は真っ暗で、俺も初めてきたときは、本気でうけた。
 しばらく、俺らは、黙って、夜景を見た。京子の涙は乾いて、ちょっと化粧が崩れて、でも、その方が、よっぽどかわいい。京子は化粧なんかせんでも、めっちゃかわいい。やっぱり、俺は京子が好きや。
「京子」
俺は、そう言って、京子を抱きしめた。初めて抱きしめた京子は、思ってたより細くて、背が高かった。
「好きや」
返事を待たんと、俺は、京子にキスをした。女とキスをしたんは、初めてやなかったけど、すごい緊張して、手が震えて、唇も震えて、京子は黙って、俺のキスを受けてくれた。
「うちも、慎一くんのこと、好き」
 ほんまは、その次の言葉を、言わなあかんかった。
 でも、俺は、言わなかった。言わんでも、わかってるやろって、そう思ってた。俺はその瞬間から、京子は俺のカノジョで、俺は京子のカレシで、俺らはつきあってるって、そう思った。今でも、あの時、なんで「つきあおう」って、一言言われへんかったんか、わからん。「ずっと、一緒におろう」って、なんで言われへんかったんか。

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