Love Butterfly

(4)

 こんなことが何度もあって、さゆりは何度も、この部屋を出ようとした。きっと、俺に迷惑をかけたくなかったんだろう。もちろん、俺はそんなこと、許さない。自分がわからなくなるたびに、さゆりは、手を縛ってくれ、と言った。俺は、泣きながら、さゆりの手を縛った。時には、猿轡もした。壁の薄いアパートに、自分の声が響くのを、さゆりは怖がっていた。包丁も、ハサミも、全部、隠した。休憩時間のたびに、部屋に戻った。布団は買ったけど、俺たちはずっと、一つのベッドで眠った。俺もつらかったけど、さゆりはもっと、つらかった。いっそ、ちゃんとした施設か病院に入れてやったほうがいいんじゃないかとも思ったけど、俺は年少あがりの十八で、さゆりの本当の名前も、何も知らない。そんな俺たちを、社会が、オトナが、すんなり受け入れてくれるはずがない、何より、さゆりが嫌がった。さゆりは、自分がここにいることを、誰かに知られるのを、本当に怖がっていた。
 俺たちは、毎晩のように泣いた。泣いて、泣いて、それでも、時間は流れていく。季節は春になり、夏になり、徐々に、さゆりの状態は、良くなってきた。俺たちが出会って二度目の秋になる頃には、時々、不安になったりはするようだけど、もう、暴れたり、叫んだり、自分がわからなくなったりすることは、なくなっていた。そして、俺たちは、完全に、兄妹になっていた。
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