Love Butterfly
 俺は、先生に拾ってもらって、岡田さんとか、花倉のみんなに、救ってもらった。きっと、その、キザなヤクザは、俺にとっての先生で、そのヤクザのおかげで、さゆりはここにいる。そのヤクザがいなければ、俺はさゆりと出会えなかった。
「会いたいのか?」
「うん」
「きっと会えるよ。さゆりは頑張ったじゃないか。きっと、会える」
 なんの根拠もないけど、俺はそう言った。俺くらい、そう言ってやらないと、さゆりがかわいそうだった。
「……先週、その人、見てん」
「どこで?」
「おにいちゃんの、お店から出てきた」
「えっ! マジで?」
「綺麗な女の人と、一緒やった。すごい、綺麗な人。仲よさそうに、肩組んで、大きな車に乗って、どっかいってしまった」
 ヤクザ、だからな……店の女か、そんなところだろう。かわいそうだけど、さゆりみたいな、普通の女の子が、相手にされるわけがない。まして、さゆりみたいな、子供っぽい女が。
「うちも、あんな風に、きれいになりたい」
「さゆりは、今のままで十分かわいいよ」
 それは、慰めでも、なんでもなくて、俺の本心だった。もし、さゆりがウンと言えば、俺はさゆりを抱く。さゆりがいいというなら、このまま、役所に婚姻届を出してもいい。それくらい、俺は、さゆりのことが、好きだ。だけど、さゆりは、他の男を想っている。叶わない恋なのに、さゆりは、その男に、恋をしている。下の名前しかわからない、たった一夜を過ごした、しかも、ヤクザに、恋をしている。
 もし、あの夜、さゆりを抱いていたら、俺たちはどうなっていたんだろう。兄妹としてではなく、男と女として、恋人として、愛し合う道を選んでいたら、俺たちはどうなっていたんだろう。
 きっと、ダメだった。さゆりも俺も、あの地獄の一年を、耐えることができなかった。俺たちは、兄妹だから、一緒に、あの一年を乗り越えることができた。
 決めたはずなのに。俺は、兄妹として、永遠に愛し合うって、決めたじゃないか。何を今更……
「店の名簿、見ておいてやるよ」
「ううん、いい」
「なんで。連絡先とか、わかるかもしれないよ」
「いいねん。うち、わかってるから」
「わかってる?」
「うちみたいな子が、蓮さんとつりあうわけないって」
 正直、俺はホッとした。わかってるんだ。よかった……ヤクザになんか、本気で惚れたら、地獄に自分から飛び込むようなもんだ。
「そうか。さゆりにはもっと、そうだな、おにいちゃんが、いいやつ探してやるよ」
「遠慮します。うち、彼氏くらい、自分で探せるもん」
 その時は、ただの憧れだって、思っていた。さゆりは、恋に恋する乙女ちゃんなだけで、ちゃんと、わかってるんだって、安心していた。
 なんとなく、テレビをつけると、銀座のホステスのドキュメンタリーをやっていた。ホステスは、クロゼットの中から、アクセサリーケースを出して、自慢げに笑っている。
「わあ、あれ、見て。めっちゃキレイ」
 さゆりが目を輝かせたのは、ダイヤとサファイヤとルビーでできた、大きな蝶のブローチ。まるで本物の蝶のような、そのブローチをつけて、ホステスは、紅い口紅で、誇らしげに笑っている。
「うちも、あんなブローチつけてみたいなあ」

 そしてその一月後、さゆりは勝手に、ファミレスのバイトを辞めてしまう。
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