恋愛の神様




待ち合わせは余裕を持って、定時より少し遅い時間に設定してあります。

ですが、一時間の余裕もなんのその、距離の事も考えるとリミットは秒読み段階―――三、二、一。

GO!のカウントとともにワタクシは課長のデスクに書類を叩きつけました。


「終わりました。」


きょとんとした面持ちでデスクの書類を見下ろした課長が徐に顔を上げます。


「なんだ、こりゃ。」

「終わりました。」


シバシバと充血する目でそれだけ繰り返し、ワタクシは脱兎のごとく身を翻しました。
駄目だしなど悠長に受け付けている場合ではないのです。

走り去るワタクシの姿を、課長が目を細めて見送っていた事などついに知ることはありませんでしたが。





待ち合わせの喫茶店に行くと、草賀さんはまだいらっしゃいませんでした。

逸る気持ちを抑えつつワタクシは常に常備している単行本を取り出し、時間を潰します。

こんなことならもう少し書類に手を掛けてもヨカッタかもしれませんね……そう思い始めた頃、ようやく草賀さんが現れました。


「悪ぃ。遅れた。出がけに部長に捕まった。」

「いえいえ。こちらこそ私事で煩わしてしまって恐縮です。」


草賀さんはワタクシをからかうことをルーチンワークになさっているようなアホですが、それ以外のトコロでは対面も良く、特に仕事に関しては相当の能力を発揮するようです。

まだ社内では若手に属しますが、アチコチ課が変わるのも厄介者のたらいまわしではなく将来管理職の抜擢を見越した修行なのです。

人より多くの物を吸収しようとする草賀さんは残業もほぼ日常です。

『ほぼ』というのは、遊びのためなら未練もなく仕事を切り上げるヒトなので。


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