恋愛の神様

眉を跳ねあげただけの母親を置き去りに俺は驚いて二階へ駆けあがった。

巳紅の部屋を覗いて立ち尽くす巳紅の先に見てはならないものを見た。

いつの間にか俺の後をあたふたと追っかけてきた親父と揃って声を失い、視線を背ける。


胸や腰がブッカブカに余った―――多分、着るヤツが着れば艶めかしいボディーラインを際立たせるワンピースを引き摺るようにして、ファーに首を絞められた女が立っていた。
しかもよく見りゃワンピの下にロンTとキャミを着こんでいる。
頭にはテンガロンハット。
そしてピンクのハートのフレームのサングラス。

それら全てが激しく相反する色、ドギツイ柄。


「ぎゃああ。アンタ、一体この化粧品幾らしたと思ってんのよ!!」


口紅を握りしめて巳紅が叫ぶ。

確認したくもないが、ありったけの化粧品を塗ったくったような厚化粧は、ガラパゴス諸島でも未だ発見されてない新種の怪鳥のような有様だ。


野山が引きつった顔でへへ………と乾ききった笑声を洩らす。


「スミマゼン。服が一杯で…頭麻痺しまして…飛ばし過ぎてしまいました…」


……トバシスギだ、野山小鳥。
どこまで飛んでく気だ。


「………スマン巳紅。オマエだけが頼りだ。」

「アァ!?この奇っ怪な座敷童子を私にどーしろってのよーっ!!」


絶叫を遮断するように俺は扉を閉めた。

一拍の間があってその扉が吹っ飛ぶ勢いで開き、俺と親父は飛び上がった。

猫のように座敷わらし―――野山の襟首を掴んだ巳紅が恐ろしい形相で飛び出してきた。

さすがの巳紅もコイツを相手に敵前逃亡か?

……まぁ、
今回ばかりは兄さんも異は唱えまい。

だが、さすが『負けず嫌いは兄そっくり』、と言われた妹だけある。


「やってやろうじゃないの!やってやろうじゃないの!この妖怪ニンゲンを私の腕にかけて人に戻してやろうじゃないのよ!そうと決まれば、まずは洗顔よっ!!」

おう……野山、
変な能力持ってると騒がれてたが、実はベムだったんか……(←て、俺、一体何歳だ?)



気炎を上げて勇ましく階段を下りて行く妹とそれに捕獲された妖怪童子―――。

俺は遠くなりかけている意識でベムが人間になれることをひっそりと願った。


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