終電
電車はまた、長い暗いトンネルを走っている。

老人の自殺の原因。

何故か、頭の中にその状況が入ってくる。

戦時中、老人の家族は激しい空襲を受けた街に住んでいた。

一家全滅した中、一人生き残った老人。

孫とよく遊んだ河川敷の公園で何日かを過ごした後、滑り台の手摺りにローブを掛け、老人は首を吊った。

「あの天人は貴方を現世に連れ戻すはずだったと思うが、こちらへ引き戻されるような、何か怨みや怒りを買ってませんかねえ貴方。」

老人は下を向きながら、何か含みのある話し方をする。

置かれている立場を理解し、恐怖している自分がいた。

「俺は確かに自殺した…。」

目の前の光景に耐えられなかったから…。

口に出さなくても、まるで、今、その光景がまざまざと浮かび上がる。

口説き落とした合コン相手を刺し殺した妻。

自分に気がつくと、不敵な笑みを浮かべ、包丁を持ってままこちらへ突進してきた。

もみ合う内に力あまって6階ベランダから妻を突き落としてしまった。

階下には無残な妻、部屋には血まみれの恋人。

訳のわからなくなった自分は、一つ上の階のベランダから梱包用の紐を何十にも絡めると、首を吊った。

『何を言っているの…。ベランダから落とす前に…。首を締めたじゃない…。』

地の底から響いてくるような低い女の声がした。


車内の明かりが落ち、老人を含め他の乗客達は一瞬で白骨や腐乱死体となる。

『貴方だけ…貴方だけ発見が早くて、一時は持ち直したみたいだけど…。そんな事はさせないわ!!』

両サイドの車両間のドアから、黒幽霊が飛び出して来た。

目の前には首が異様に曲がり、腰から下が原形を留めていないのに、立ってこちらを睨んでいる妻がいた。

後ろには妻の体を貫いている鎖を持った骸骨の死に神がいた。

車窓から再び赤暗い光が車内に広がった。

『さあ、閻魔のところへ挨拶に伺いに行きましょう…。貴方…。』

差し延べた血だらけの手と同時に死に神が鎖を投げ付ける。

自分の胸に貫かれた鎖が、予想通り激しい痛みを呼んだ。


電車は再び、川辺の砂漠にゆっくり停車した。

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