終電
亡者の行進
再び車両間のドアが開く。

制帽を深々と被った車掌が鋏をパチバチさせながら入ってきた。

何故か車掌の顔はぼやけていてわからない。

その車掌の後ろを宙を自由に飛び回る、黒いボロ切れが飛び出した。

そのボロ切れにはやはりぼやけた髑髏のような顔がついていて、乗客の顔を覗き込んでいる。

車掌は別段、切符の提示を求めるわけではなく、ただパチバチと鋏を鳴らして歩いて来る。

どうやら、宙を浮遊する黒い幽霊のようなものが乗客を検札しているようだ。

やがて、自分や可奈のところにも、その黒幽霊はやってきた。

生臭い息や風を送りながら、顔を掠めていく。

唇を噛み締めながら、同様に目もつむった。

黒幽霊が顔を覗き込むような気配を感じながら、恐怖のあまり息さえも止めてしまっている。

気配が別に移るのをようやく感じ取ると、止めていた息を吐き出し、ゆっくり、目を開けた。

次の瞬間、恐怖と驚きのあまり、悲鳴を上げそうになった口を必死に押さえた。

足元の自分の膝を囲むように黒幽霊がいくつも固まって、髑髏のような顔でジッと見ていたのである。

しかも車掌は自分の目の前に止まり、やはりこちらを見下ろしていた。

鋏の音がやけに耳につく。
生きた心地がまるでしないというのは、こういうことらしい。


しかし、次の瞬間、その緊張から解放される。

前の車両から何やら鎖のような重い鉄を引きずる音が聞こえた。

車掌や黒幽霊から解放されたと思ったとたん、その異様な空気が、車内を包み始める。

ゾンビや白骨と化した乗客達も、身を竦めるようジッと成り行きを伺っている。

あんなに五月蝿く聞こえていた、電車の走行音が、今はパタリと止んでいる。

鎖を引きずる音と共に、数人の老若男女が現れた。

いずれも裸足で宙を仰ぎ見ながら、身体に直接鎖を刺し通されたような、数珠繋ぎの人間がゆっくり歩いて来る。

お互い引っ張り合う為、身体に刺し通された鎖が動き、真っ赤な血がその度滴り落ちる。

激しい苦痛の為、身体をよじると、再び鎖を引っ張り合う事になるので苦痛の連鎖地獄となる。

そんな悍ましい行進の後方から黒幽霊の親玉のような、死に神のようなものが、鎖を握っていた。


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