明日はきらめく星になっても
さすがは師走。
いつもは行き交う人もいない住宅街にまで人がいる。
(珍しいもんだ…)
これなら帰りは慌てずとも大丈夫そうだなと思いきや…
タッタッタッタッ…
(いくら師走とはいえ、走らずとも…)
足音のする方へ振り返った。
「んっ…⁉︎ 」
(あれは…)
「あ!ちょっと!玉野さんっ‼︎ 」
名前を呼ぶと振り向いた。やっぱり。『ほのぼの園』の玉野さんだ。
「に…西村さん……」
真っ青な顔をしておる。何かあったのか?
「どうしたのかね?顔色が悪いが…」
はぁはぁ…と息を切らしていた玉野さんは、近寄るとわっ…!と大きな声で泣き出した。
「な…」
「おばあちゃんがっ!」
理由を聞こうとする前に、泣きながら喋りだした。
「お婆ちゃんが…危篤だって…今…ホームから電話があって…!」
泣きじゃくりながら聞いた話では、数日前から微熱が続いていたという事だ。
「仕事もあるし…明日には行こうと…思ってたのに…」
予期せぬ連絡に気が動転したらしい。思い当たる人に電話をかけ、連れて行ってと叫んだ。
「どうしよ…私…お婆ちゃんの最後に…間に合わなかっ……」
後悔と混乱の波が押し寄せたかのように声を詰まらせる。
孫と同じくらい年の子が、親代わりの肉親の死に目にも合えないのはあんまりだ…。

(世の中というのは、なんと薄情なことをする…)
肩をさすってやること以外、私にはなす術がない。年寄りの身では、この子の力にもなってやれん…。
冷え切った身体にマフラーを掛けて風を避けた。
迎えが来るまでの間、せめて風邪たけでも引かせまい…と、一種の使命感のようなものが働いた。

玉野さんが坂を下って来て、どのくらい経ったか…。
猛スピードで走って来た車が、目の前で停車した。
「玉野さんっ‼︎ 」
男の声に振り向いた。
「早く乗ってっ‼︎ 」
「……藤堂さん…⁈ 」
目を疑っている。どうやら無意識に電話した相手は、仕事仲間の藤堂君だったらしい。
咄嗟に身を翻す。あれこれ考えている暇はない。急いでホームに行かなくては…。
乗り込むと、車はエンジン音を立てて動き出した。
「藤堂君、安全運転だよ!」
私の声が届いたか届かなかったかは謎だが、タイヤを鳴らして走り去った……。

茫然と立ち尽くしたまま、車の走り去って後を見つめた。
いずれはこの身に来るであろう迎えを、ひしひしと肌で受け止めながら、ぼんやりとしていた…。

ドスンッ‼︎
「…すみません!」
「あっ、いや、こちらこそ…」
ぶつかった拍子に我に返った。
こんな所でグズグズしている場合じゃない!すぐ家に帰らねば!

往来する人々に道を尋ねながら家へ帰り、私は一通の手紙をしたためた。

『遺言状』

財産分与ではない。家族一人一人に宛てた感謝状のようなものだ。

(うん…。これでいつ迎えが来ても大丈夫。心置きなく旅立てる…)

しかし、婆さん…
できれば急な迎えにだけは来てくれるなよ…。
逢瀬はまだ、先でいいからな…。
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