君を瞳に焼きつけて
今日の1時間目は数学。
教科書、ノート、ワークを机の上に広げる。
朝見ていたノートも一緒に出す。
ふぅ…と少し息を吐いて、教科書を高速でめくり始める。
1ページ目から昨日やったと思われるところまで。
ざっと、30ページはあるだろう。
10ページ、15ページ、20ページ…
ひとつの文字でも欠けることなく、全て読む。
いや、全て暗記する。

授業開始の鐘が聞こえる頃には、全て頭に入っていた。

「じゃあ、この問題をー…
白石。」

先生に黒板の問題を解くように言われても平気。
何も言わずに立ち上がって、すらすらと問題を解いていく。
カツンとチョークを置くと、少し驚いたような表情の先生。
そりゃそうか。
この問題は、大学入試レベルだから。
教科書を授業前に覚えてしまうから、私は基本授業は聞いてない。
いつも外をぼんやり眺めてる。
それなのに、こんな問題をすらすらと解かれたら、嫌味をこめて指名した先生はそりゃ驚くだろう。

そんな先生の脇を通って、自分の席に着く。
外を眺めると、飛行機雲がひとつ。

飛行機雲って、すごく儚い。
そこに今は存在するのに、「飛行機雲だー」って皆気付いてくれるのに、少ししたらみんな思い出してもくれない。
その飛行機雲を見た人は、もしかしたら自分だけかもしれないのに。

飛行機雲だけじゃない。
今日の朝日や、寄ってきた人懐っこい野良猫や、風に揺れるひとつひとつの葉の模様、見上げた空に光る一番星をその時間に見た人は自分だけかもしれないんだ。
それなのに、その光景を当たり前に感じ、情報量の多さに頭を抱えて、私たちは覚えることを無意識に拒絶する。
まるで、眠りにつくように目を閉じて。
それは、とても悲しいことだと思うんだ。
だって、回りにはたくさんの儚く美しい一瞬が溢れているのだから。

…それが出来ない私は、やっぱり悲しいのかな。

キーンコーンカーンコーン…

そんなことを考えているとあっという間に授業は終わった。
次は英語。
その次は理科。
そのまた次は…

と、こんな流れで私の1日は終わる。

「きりーつ、礼。」

HR長の号令を聞き流して、
おもむろにカバンを持つ。

「じゃあな、白石。」

隣をみると、ふわりと笑った佐野君が手をひらひらとふっていた。

その笑顔はとても無邪気で。
周りの人を笑顔にさせてしまうような、そんな力があるように感じた。

だけど、そんな彼に小さく礼をして教室から出た。



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