even if
動揺を悟られないように、私はパソコンに向かって、資料作りを再開しようとした。

『……あれ?』

マウスを動かしているのに、画面がまったく動かない。

『あれ?なんで?』

マウスをあちこちに動かしていると、

『…ななちゃん』

渋谷くんが、震える声で私を呼んだ。

『なに?』

画面を見たまま聞くと、

『それ、マウスじゃなくて、ロールパンだよ?』

ハッとして、手元を見ると、確かに私がつかんで動かしていたのは、お昼に残したロールパンだった。

渋谷くんはお腹を抱えて大笑いしている。

『もうやだ』

顔を両手で隠して呟くと、ぽんぽん、と優しく頭を撫でられた。

『ななちゃん、かーわい』

『やっ、やめなさい』

思わず立ち上がると、すぐ目の前に新生渋谷くんが立っていた。

だから、近いよ。


『ねぇ?髪型どう?』

『ど、どうって?』

渋谷くんは、いたずらっぽく笑っている。

『似合う?』

『…うん、そうね』

『他に感想は?』

『…あー、一年の女の子が、ヤバいって騒いでたよ』

渋谷くんは、むっとした顔をした。

『一年の女子の感想は聞いてない。ななちゃんの感想を聞いてる』

『あー、私?私ね、そうね。うん、いいんじゃないの?』

『いいって?』

『あのー、だからー。いいと思うよ』

『ちゃんと言って』

ぐいっと顔を近づけられて、耳を真っ赤になるのを感じた。
いや、たぶん前から赤かったけど、より一層。

『分かったよ。分かったから、少し離れてよ』

渋谷くんが、ふんと鼻をならして、少しだけ離れてくれると、

『かっこいいよ』

早口で言って、耳を押さえながら、パソコンに向かった。
今度はちゃんとマウスを持って、資料作りを再開する。

『眠いなら、寝ていいよ。ベッド空いてるから』

パソコンに向かったまま、後ろにいる渋谷くんに声をかける。
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