鳥籠の底は朱い道
――だが、そんな朱道よりも先に動いていたのは黒猫。
逃げる訳でもなく立ち向かってきたことに驚き、その隙に朱道の首筋には黒猫の牙が突き刺さる。
黒猫の野生臭さとくすぐったい毛並み。初めて猫という存在を認識瞬間でもあった。そこに痛覚はない。
しかしここでまた朱道の動きは止まった。首筋からは血が流れている。
それは誰の意思の下で?
この最近は全ての自分の意思でのみ血を流し力を使っていたが今は違う。傷を負わされたという衝動は思ったほど強力であったらしい。
振りほどかれる訳でもなく首筋から離れる黒猫。
今だに朱道は止まったままである。
自分の首筋に手を当て、そして這うように赤い線は口に向かい、そして血を舐める。
ふ、と自分の血を味わい口元が緩む。
大量の血を見てきたが、どれもただの赤でしかなかった。だがようやく朱道は自分の血によって血というものを再認識した。それが死の色であることを。

それが朱道の生きる証。

血を流し戦うことが朱道の生きる手段であった。今までの朱道には欠けていただろう感情と感覚。
そしてもう一匹、黒猫もまた牙から血を垂らしながら朱道を睨みつける。その姿は今までのどんな生き物よりも生きているということを主張していた。
――しかし朱道のは眼には……いや脳裏に移される黒猫はすでに黒猫の姿にあらず。
そう、朱道の目の前にいるのは自分。生きる理由を知らない自分が映し出す、生きたい理由の分からない自分の姿。それが今目の前にいる。
同類ではない。すでにこの黒猫という存在は朱道であるのだ。生きる理由を持ったもう一つの朱道。
――だから朱道は笑う。嬉しそうに、人を殺す喜びではなく生きる意味に出会えたことを心の底から笑う。
こいつなら今まで不思議を思わなかった生きる理由を説明してくれる。
どうやって説明してくれるのかは分からない。けど生き物が自分の前に来たのならすることは一つ……。
「――いいぜ。はは、殺してやる。オレはお前を殺して証明してやるよ。この生きてる証のために」
そう言った瞬間、朱道の首筋から流れた血がいくつもの線を繰り出し朱道と黒猫を囲む。そしてそのまま血の監獄が出来上がる。
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