たった一人の甘々王子さま


浩司は優樹の手を引いて廊下を歩く。
いつもより少し歩調が速い気がする。


「ねぇ、浩司......?」


優樹の声掛けにも返事をすることなく浩司はスタスタ歩く。
エレベーターのボタンを押したところでやっと優樹に振り向いた。
繋いだ手はそのままで。


「さっき、優樹がなにされたのか当ててみようか?」


突然の言葉に優樹は目を見開く。
特に怒った顔付きではないのだが、視線だけが冷たく感じた。
『もう、その話しは終わったのでは?』
なんて優樹の頭に疑問が浮かぶ。


「ここ、赤いよ?............血でしょ?」


浩司が指差したのは口元。
優樹も慌てて繋がれていない手を口元へ。
その手を移動させたことで優樹は余計に青冷めた。
浩司の顔が見れない........
俯く優樹の上から、冷たい声が聞こえた。


「俺以外の男のキスの味は、どうでしたか?」


ドキン!―――――
優樹の肩が震えた。
余計に浩司の顔が見れない。
『えっ........と..........』
なんてモゴモゴしているうちにエレベーターが到着した音が聞こえて扉が開く。


「いくよ。」


繋がったままの手を引かれて中に入る。
すぐにエレベーターの奥の壁に追いやられて背中がトンと着くと顔のすぐ横に浩司の手が置かれた。


「優樹?」


まだ冷たい浩司の声が優樹の心を悲しくさせる。
俯いたままの優樹の顔。
浩司は繋いでいる優樹の手を離し顎に置き、上を向かせる。


浩司が見下ろすと優樹の目からは涙が流れ落ちるところだった。


「......こ....じっ」


優樹なりに頑張って耐えていたのだろう。
涙を堪えながら浩司を呼ぶ。


「で、どうなの?」


あくまでも冷静に、怒りを見せることなく優樹の答えを待つ浩司。
優樹も鼻を啜りながら涙を拭って答えた。


「....ヤダった........怖かった........浩司じゃないと......っ....」



優樹の答えなど解っていた筈なのに、聞き出して答えた途端、やっぱり嬉しくて。
ショウのキスを掻き消すかのように優樹の唇を自身のそれで包み込んだ。


「ンッ........こうンッ......アッ.........」


浩司の名前が呼びたいのに、それすらも許さないと感じる。
呼吸をしたくて口を開けると逃がさないとでも言うように浩司の舌が追いかけてくる。


『違う!』
やっぱり好きな人とするキスは違う。
息が出来なくても嬉しくて、甘くて、もっとって........離れたくない。


優樹が浩司の求めに応えた時、浩司の動きが一瞬止まった。
止められたことが悲しくて、今度は優樹から求め、さ迷う。
浩司の事を探しているかのように動く。
右へ左へと。
それなのに唇が離された。


「優樹から攻めてくるなんて驚きだね。」


浩司の口から思わぬ言葉が掛けられて優樹の顔は真っ赤になる。
自分から求めたことが恥ずかしくて、また涙が零れ落ちた。
その優樹の涙を拭って、


「責めてないよ。その逆。優樹から求められたら、嬉しいに決まってるでしょ?俺のことが本当に好きなんだって思えるからね。」


優樹の両頬を包み、額をコツンと当てて気持ちを伝えた。
その言葉が嬉しくて、優樹の涙は止まらない。


「ご....ごめん、ね....。........好きなのは、浩司だけだよ。」



ショウとのキスを思い出して、優樹は謝る。だけど、浩司にもきちんと気持ちを伝えたくて涙を拭いながら言葉にする。


好きでもないヤツとのキスをされて悔しいのは浩司だけではなく、された本人の優樹もだ。
解ってはいるけれど、浩司の気持ちは複雑。言わずにはいられない約束を取り決めた。


「優樹、もう誰にもこの身体を触らせないこと。約束できる?」


「家族以外でしょ?」


「その突っ込みができるなら、もう大丈夫だね?」


「ん、約束。」


「じゃあ、誓いのキスね。」


触れるだけの柔らかいキスで二人の思いを再確認した。


本当に好きなのは、目の前に居るたった一人なのだから。

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