たった一人の甘々王子さま


『えぇ、浩司さん..........いつか優を抱いたとき気づくと思いますよ。左足の太ももにある刺傷に........』


『え?骨折ではないのかい?』


浩司の声に顔を横に振る俊樹は


『相手はお嬢様です。骨折させる力はないですよ。彼女の護身用の刃物で刺されました。........ほんと、金持ちのお嬢様って何考えているのか分からないですよね........』


項垂れる俊樹は続けて話す。


『優はあの時、閉じ込められた部屋にお嬢様と二人っきりだった。優しく対応するから逃げられると思ったが、「帰る」と言う優に対して、お嬢様の態度が豹変して、逃がさないというかのように刃物を持って襲ってきたらしいです。』


『怪我をされた優は勿論動けない。かなりの出血でお嬢様が我に返り、手当てをしてくれた。そこで、人違いとわかって、父の会社に連絡が入りました。俺が優と会えたのは病院でした。』


その後、相手方の両親から謝罪を受けたが俊樹は苛立ちから、
「もう関わりたくない、2度と顔を見せないでくれ!」
と、対応はすべて両親と秘書に任せた。
負い目からか、完治するまで片時も優樹から離れず介助していた。


浩司も、会えなかった期間の優樹にこれ程の辛い時があったなんて想像していなかった。


『俺が思うにそれ以来、優は極端に........和を掛けて人を避けてましたね。父の仕事仲間を紹介されても挨拶を交わすだけ。相手の顔と名前なんで覚える気すらなかった。そんな状態の時に、浩司さんが優と出会ったんです。相楽社長と一緒にここへ来た時ですよね?優の見た目、今の俺より男らしかったでしょ?』


『あぁ、双子なんだから似ていて当たり前なんだろうけどね。 父の付き添いで此方に伺ったとき、女性社員と話している優樹と出会い、少し会話をしたんだよ。』


当時を思いだした浩司。


『浩司さんと再会した頃の優はトゲトゲしていたし、男らしく振る舞ってましたよね。おねーさんたちに惚れられてましたし。ま、今もそうですけど。浩司さんはよく優だって気づきましたね。って言うより、女だって気づいたのが凄い。』


思い出した俊樹の顔も笑みが出る。


『そうだね。何故解ったのかって言われても困るんだけど........一目見たときは解らなかったけど、顔を見て話していくと優樹だってわかったんだよね。愛なのかな?』


浩司も懐かしげに語る。
俊樹も『ごちそうさまです。』と一言。


『まぁ、本当に濃い事柄がありましたから、ガチガチに固まった心の優が出来上がりました。だから、あの頃の優を女と気づき見つけ出した浩司さんに期待してますよ?優樹が本当の幸せを手に入れられることを........』


『結構なプレッシャーだね......』


などと軽く交わす浩司。



『では........相楽家と田所家で交わされていた話はご存じですか?』


『え?』


俊樹の質問に浩司は驚く。
両家の話とはこんな内容だった。



相楽家も田所家も男子ばかりが生まれる家系らしく、父・良樹と母・美樹の間に生まれた優樹が唯一の女の子。


その時、優樹と一番年齢の近かったのが浩司だ。
優樹も人見知りせず、浩司と遊んでいたので両親共々、祖父母も含めて『いつか二人が結ばれるといい。そうなれば両家は更に深い繋がりができる。』と、本人達には秘密裏に婚約話は立ち上がっていたのだ。
しかし、優樹の幼い頃にあの事件があり、その話はお蔵入りになった。


『と、いう話です。』


俊樹が伝える。


『婚約話が、そんな昔からあったとは........だから、急に優樹との話を両親にしても協力的だったんだな。』


浩司も思い当たる節を振り返る。


『それぞれ成長するにあたり、浩司さんもそれなりに交際関係があり、優樹も同級生の嫌がらせに苦しんで男性不信になりかけた。そして、優樹自身が男らしく振る舞うようになったいったので諦めていたそうですよ。』




その数年後、偶然にも二人は再開して、浩司は優樹に惹かれていった。
政略ではなく、当人達が選び選ばれて結ばれるに越したことはない。
幼い頃に懐き遊んでいた優樹が浩司になら心を開いてくれると大人たちは期待していた。


両家の思惑と浩司の希望もあり、浩司は田所コーポレーションに入社し、公私ともに成長していく。
この時点で、浩司と優樹の婚約話は再開した。
だが、優樹の心の傷もあり二十歳になるまで出会うのすら禁じられていた。


その間の浩司は認めてもらえるように、ただひたすら仕事に打ち込むだけ。
お陰で海外事業部のエースにまでなった。



浩司の原動力、
それは、


『優樹と結ばれるため』


だから、あの日、優樹が自分の手元に来たとき、心から喜び精一杯の愛で包み込んだ。


『浩司さん。最後に1つ良いですか?』


俊樹が最期の確認として浩司に念を押す。


『優の事を守ると決めたのなら、絶対に守りきってください。優の手を離さないでください。アイツは、結構辛いこと経験してますから.........今は虚勢張ってますけど、一度その鎧を脱いだら脆いですよ?剥ぎ取った責任は最後まで取ってくださいね。』



俊樹との話で再確認できたこと、
それは――――――


「今を大切に、ゆっくり過ごして、身も心も優樹を愛していこう。優樹が不安や恐怖に押し潰されないように......」

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