ビターチョコ
朝の眩しい光で起きると、目の前にドット柄ワンピースを着た美冬がいた。

「おはよ、理名。
昨日は先に寝ちゃってごめんね。

私、賢人とショッピングモールでデートしてくるね!

碧へのプレゼントも選ばなきゃだし」

少し遠いところに行くらしい。

「それはいいんだけどさ、美冬。

大会終わってそんなに日は経ってないでしょ?

疲れてないの?

無理はしちゃだめだよ、絶対。

高校生で過労死なんて、笑えないから」

「んー?
ありがと。

疲れはあるけど、早く切り上げるの。

賢人の家でデートもするからさ。

買ったもの、被らないように教えるからね。

あ、理名、早く起きてリビング行きな?

もう朝ごはん用意してあるって」

美冬は私にそう告げると、貝殻みたいな形のかごバッグを肩から揺らしながら、上機嫌で部屋を出て行った。

リビングに降りると、ご飯を食べ終えたらしい深月とすれ違った。

昨日も履いていたトレンチスカートに、ラベンダーのブラウスを合わせて、薄いピンクのハンドバッグを持っている。

会社で働くオフィスカジュアルの服装としても違和感がなかった。

こういう格好が彼女の彼氏、秋山くんの好みなのだろうか。

「私はミッチーと一緒に先に帰るね!

碧へのプレゼント選びにショッピングモール行くんだ。
その足で、今度は巽くんの妹さんの家庭教師しなきゃなの。

巽くんの妹さんに、ウチの高校の公式動画サイトチャンネルに上がってる美冬のラジオ聞かせたのよ。

そしたら、正瞭賢の放送部入って美冬みたいになる!
って勉強もやる気になってるんだよね」

「そっかー。

夏休みももうすぐ終わりなのに、なんかやること多くて大変だね。
深月も秋山くんも。

宿題はちゃんと終わらせてるのが深月らしいけど。

じゃ、またね!」

リビングで私だけ食事を摂るのは不憫だと思ったのか、椎菜が話し相手になってくれた。

話の半分は、麗眞くんと行ったというデートの話だった。

麗眞くんの家の別荘から出発した、あの日のデート内容は意外なものだった。

ショッピングモールにある映画館で映画を楽しんだ。
その後に買い物をしてカフェで食事をしたそうだ。

それこそ、普通の高校生がするようなデートなのではないか。

「こんなデート、久しくしてなかったの!
新鮮だったし、麗眞のカッコいいところ、たくさん見れて幸せだったんだ。

理名もね、あと2年後くらいには、絶対分かるよ、今私が言ったこと」

「うん、何かそう思う」

最近彼のほうが忙しいのか、拓実とのビデオ通話の頻度が下がってしまっている。

しかし、最近話題に上がるのが、早くいろいろなところにデートに行きたい、ということだ。

オシャレなカフェなどは私なんかより知ってるだろうし。

彼について、この間話していて初めて知ったことがある。

映画鑑賞とスノボが拓実の趣味らしい。

ウインタースポーツなんて全く経験がないが、彼が一緒ならやってみてもいいかな、と思う。

「拓実くんとは最近ビデオ通話とかしてるの?

何かちょっと、そういうの、お互いがちゃんと
出来る理名と拓実くん、すごいと思ってる。

私はもし、今遠距離恋愛したとしたら、連絡の頻度とか決め事、最初は律儀に守ると思うの。

でもね、そのうちお互い忙しくなると寂しくなるだろうな。

特に私が。

相手が忙しいのにビデオ通話したい、とか言い出しちゃうかもしれない。

それでちょっと喧嘩になって距離置くとか、ありそうでちょっと怖いんだ」

「最近ビデオ通話は出来てないけど、拓実にも事情があるんだし、それは仕方ないかなって思う。

ずっと私のためだけに時間使わせるわけにもいかないし。

拓実自身のために留学してるのに、私に時間使って目的果たせないって言うのもな、って。
本末転倒だなって思うし。

もともと好きな人の声はずっと聞いていたい!ってタイプじゃないんだ、私。

だから、そこは割り切れてるのかも。

ちょっとドライすぎるって、嫌われちゃうかな……」

そこで1度言葉を切る。

「大丈夫だよ、椎菜。

もし、本当に椎菜が危惧してる通りになったとしても、私たちが話聞くから。

大学行って離れても。

大学卒業してそれぞれの夢を叶えた先で頑張ってるときも。

いつでも私は、私だけじゃなくて、今こうして集まってる皆は、親友であり味方だから」

「そうそう。

理名の言うとおり。

何かあったら私も話聞くよ?

その前に、深月なんて大学忙しいのに、名乗りをあげそうだしね」

「何かあったら連絡してきてよ。

何なら私の父親も経由できる。

麗眞くんの父親に事情話してもらうとかの方向で動けるからさ」

リビングに来たのは、この家の家主である琥珀と、恋愛事情にはめっぽう強い華恋だ。

「あれ?
2人ともどうしたの?」

「んー?
皆、美冬も深月も、椎菜も。

デートがてらショッピングモール行くってことは、何かしらの品物をあげようとしてるってことでしょ?

皆してプレゼントをあげるなら、ちゃんと私達の絆が形に残るものがいいなって思ったの。

理名が起きてこない間に意見を募ったのよ。

皆で色紙にメッセージを書いてプレゼントするの、いいんじゃないかなって案が出て。

私と琥珀と理名が中心になってやろうよ!

写真の提供とかメッセージ書いてもらうのは皆が協力してくれるって!

離れても私達のこと、たまには思い出してほしいでしょ?」

「私も女の子らしい装飾とか苦手だけど、アイデアなら出せるし。

理名もどう?」

確かに、良いアイデアだと思った。

碧の部屋に私たちからもらったプレゼントが溢れかえるよりは良いはずだ。

何より、思い出は彼女自身の心がこれから先、何かの拍子で折れかけたとき、支えになる。

「うん、やろう!」

「私、皆に美冬と深月に連絡とるね!

あ、麗眞も動いてくれてるの。

概要は考えてないんだけど、皆で動画撮って、それをQRコードにして、いつでも見れるようにしたいなって何気なく言ったの。

そうしたら、方法調べてくるって言って、電話掛けに行っちゃった。

こういう、思い立ったらすぐに動いてくれるところ、ホント惚れるんだけど」

彼女はそう言ってリビングから出ていった。

さり気なくノロケた最後の台詞は聞かなかったことにしておこう。

「お、ここにいたの?

みんないるじゃん。

深月ちゃんと美冬ちゃんは……まぁ、仕方ないか。

美冬ちゃんには残りの夏休み期間、たっぷり休息が必要そうだし。

深月ちゃんと道明は……優弥の妹のために頑張ってるし、事情があるのにわざわざ呼び戻さないよ。

連絡なら椎菜が取ってくれてるし」

そう言いながら、リビングに何食わぬ顔で入ってきたのは、麗眞くんだ。

「相沢に、俺の卒業アルバムとか、姉貴の卒業アルバムとか、持ってきてもらっている。

あと、寄せ書きに使えそうな色紙とかアイテムもあれば通販で取り寄せてくれるらしい。

その役回りは相沢にだから、彼に伝えて。

親父やらおふくろが通販するついでに買えば、送料も安くなるし、品数が多い分早く届く。

明日には頼むみたいだから、早めにな」

家庭教師中の深月や秋山くん、デート中の美冬や小野寺くんにも意見を貰った。

色紙は黒板型にした。

ただメッセージを書き込むだけだとつまらないので、色紙に写真を貼ることにした。

プリクラより一回り小さいくらいに加工できれば、一番いいと思った。

そう都合よく、そんな便利なものはあるはずがない。

しかし。

『私、昔遊んでたやつで、写真をシールにできるやつがあるよ。
優弥を通じて渡すね』

いつの間に来ていたのだろう。

椎菜が深月との通話画面をスピーカーにして、立っていた。

通話画面には深月の名前が表示されているが、電話口にいるのは巽くんの妹のようだ。

「助かるー!

他にも、いろいろアドバイス貰うかも!

よろしくねー!」

電話は深月に代わるまでもなく切られた。

「写真をシールに出来る目処はたった。

あとは、動画とか撮らないとね」

「夏休み最終日、数時間のお別れ会もありかもね!」

「そこでビデオレターとか動画お披露目もいいかも!」

皆がいろいろアイデアを出し合っている。

皆、それぞれの部活に忙しく、碧のことまで気が回っていなかった。

その間に、こんなことになってしまった。

それが、素直に寂しいし悲しい。

「動画を撮ってQRコードにするアイデアのことだ。

俺の執事の相沢と、俺の親父の知り合いの夫婦が協力してくれるって。

旦那さんのほうが、そういうの動画撮って加工するの、お手の物だから。

奥さんの方はホテルのオーナーなんだ。

旦那さんの祖父が割と大きなホテルや別荘をいくつか持ってるんだ。

別荘のうち、いくつかの運営権を譲渡されたらしいんだ。

実際にそこを貸し切る。

お別れ会の後も泊まっていいってさ」

麗眞くんの言葉に、一斉に歓声があがった。
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