狂気の王と永遠の愛(接吻)を 【第一部 センスイ編収録版】

XXXⅨ―ⅷ "世界"が求めるもの


まもなく来るであろうロイを待ちながらキュリオとダルド、アオイの三人は目の前に出された飲み物に口を付け、他愛もない会話を続けている。


「…そういえばキュリオ…僕たちが初めて出会った夜のこと覚えている?」


「あぁ、昨日の事のように覚えているよ。どうかしたかい?」


慣れた手つきでアオイにミルクを飲ませながらキュリオが顔を上げた。


「うん…森での話、キュリオは僕に王様であることを濁したように思えたから…」


「そんなこともあったね」


ふっと笑ったキュリオはアオイを抱きながら彼女の背を軽く叩き、一度目を閉じるとダルドへと視線を戻した。


「いずれわかる事なのになぜ?って顔をしているな」


「…そう、ずっとそれが聞きたかった」


無表情なままダルドがそう答えると、水の入ったグラスに口をつけたキュリオが口を開いた。


「君があの時必要としていたのは…"悠久の王"ではない。"仲間"だったからさ」


そう言いながらキュリオは"あぁ…そういうことか"と一人心の中で呟いた。


(『世界が"何か"を望んだ時、必ず"その力"を持った人物が生み出され…すべてが大きく変わるだろう。生み出されるのが王とは限らない。そして…その"世界"自体が一個人の"誰か"かもしれない』)


("世界"は誰にでも当て嵌(は)まる事で…"その力"が必ずしも"王の力"である必要はない…ようやく言葉の意味がわかった気がするな)


「僕が必要としていたのが仲間…そう、たしかにその通り…」


冷たい雨が降ろうと、銀狐だった頃のダルドが楽しかったのは…仲間に囲まれて旅を続けていたからだ。ひとりになってからというもの、何一つ楽しい記憶などなかった。


「しかし…すぐに素性が明らかになってしまったからね、隠さずに伝えたほうが良かったのかもしれないな」


「君を傷つけてしまっていたら…大変申し訳のないことをした」


悲しそうにトーンを下げたキュリオだが、


「ううん、それがキュリオの優しさだってわかるから…間違っていない」


「ありがとうダルド…そう言ってもらえてよかった」


キュリオの隣りで話のわからぬアオイはじっと二人の様子を見ていたが、彼らの間に流れる穏やかな空気を感じ取り…やがて満面の笑みを浮かべた。


「きゃぁっっ」


手をパタパタさせて楽しそうに笑うアオイ。驚いたキュリオとダルドは彼女へと視線をうつし…顔を見合わせるとクスリと笑った。


「ふふっ、私の娘は賢い子だろう?
時に大人の会話を理解出来ているのではないかと思うことがあるんだ」


「…うん。たぶんアオイ姫にも伝わってる」


アオイの心からの笑顔には不思議な力がある。周りの者を幸せに導くような…そんなあたたかさがにじみ出た優しいものだ。

彼女の微笑みに魅了され、早くからその事に気が付いていたキュリオ。その優しい笑顔が陰ってしまわぬよう…彼はどんな事も厭(いと)わないだろう。


「キュリオはアオイが必要としていたもの、わかった?」


聖獣の森に置き去りにされていたというアオイ。少なからず似た境遇にあった彼女へダルドは親近感を覚えた。


「そうだね…」


愛しそうに指先で彼女の頬を撫でていたキュリオはピタリと手を止め…



「…この子が必要としていたのか、それとも私が必要としたのか…」



「…うん」



背を向け、幼子を凝視しているキュリオに違和感を感じたダルド。
そして…



「愛だ」



と、こちらを振り向き…
迷わず答えたキュリオの瞳は真剣そのものだった―――

「失礼いたしますキュリオ様。ロイ殿がいらっしゃいました」

 思い出話に花を咲かせていたふたりの傍へ家臣が進み出る。

「あぁ、通してくれ」

「かしこまりました」

 主(あるじ)の言葉に一礼した家臣が扉の前に立つ従者へ合図を送ると扉が開かれる。

「お待たせしてしまって申し訳ございません!」

 歩きながら、いそいそと捲った腕を下ろすロイ。やや眼鏡が傾いているが、それもまた彼の愛嬌だろうとキュリオは笑みを浮かべて腰を上げた。

「謝ることなどない。ロイにダルド、ふたりには改めて礼を言わせてもらおう。期待以上の仕事にいつも感謝している。ありがとう。今夜はゆっくりくつろいでおくれ」

「そんな、キュリオ様……も、もったいないお言葉っ!」

 王にその腕を認められ感謝されるなど、これ以上の名誉はない。ましてやロイは職人のなかでもかなり年若く、祖父母から見ればまだまだひよっこなのだと、毎日耳にタコができるほど聞かされている。
 それでもキュリオは経験では埋められない才能をロイに見出していた。
もちろん血によって受け継がれた才も多いだろう。さらに並ぶ者がいないほどの腕をもつ祖父母が手本として傍にいるという技術面での恵まれた環境もあるが、ロイは無の状態から色形を創造する才が誰よりも秀でているとキュリオは確信している。

「…………」

 そして、恐縮してガチガチになっているロイとは反対に――……
 立ち上がったキュリオに合わせて腰を浮かせたダルド。彼は言葉を口にすることなく、ゆっくりとした動作で頭と瞼を垂れた。

「お席へご案内いたしますわ」

「……は、はいっ!」 

 声が裏返りそうになっているのを必死に堪えながら振り返ると、そこでは優しげな眼差しの女官がロイを席へと促していた。言われた通り女官の後ろをついて歩いてみると、その指の先まで抜かりのない丁寧な作法や身なりが行き届いることに気づく。

「……」

(さ、さすがだな……)

 美しく整ったキュリオの前でどのような正装をしようとも、その比ではないが……仕立屋(ラプティス)の名においてマナー違反があってはならない。慌てたロイは灯りのともる銀の燭台の前で一瞬足を止めると、傾いた眼鏡と襟を素早く整えた。

「……君、仕立屋(ラプティス)のロイ?」

「……っ!!」

 突然名を呼ばれ、驚きに肩を上下させたロイ。
 彼の名を口にした声は落ち着いていたが口調に強弱はなく、たどたどしい言葉を紡ぐそれは少年のように透き通っていた。

「は、はっ……」

 返事をしようとしたロイは思わず息を飲んだ。
 視線の先には目を見張るような神秘的な瞳と容姿……それはまるで獣と人とが奇跡的な融合を果たしたような青年の姿があった。

(……っこの場にいるということは……、おそらく彼が鍛冶屋(スィデラス)のっ……)

 頭が考えるよりも早く、ロイの職人としての何かが青年の能力の高さに震えあがったのがわかる。

「……っは……い、あ、あのっ…………」

 話してみたいことはたくさんあるのに、鋭い視線に射貫かれたロイの手と唇は小刻みに震えている。

「なに」

「……、あっ……」

「…………」

 次第にロイの返事を待つダルドの眉間に皺が寄っていく。

「ロイ、そんなに見つめてはダルドに穴が開いてしまうよ」

 見かねたキュリオが冗談交じりの助け船を出す。
 しかし案の定、人見知りなダルドはプイとそっぽを向いてしまい――……

< 440 / 871 >

この作品をシェア

pagetop