狂気の王と永遠の愛(接吻)を 【第一部 センスイ編収録版】
『セシエルさまに永遠の忠誠を。この命をかけて貴方さまをお守りすることをここに誓います』

 才能を見込まれた者が年若くして城に入ることは稀にあることだが、あくまで本人の意志を尊重し納得の上でどうするかが決められるため、親から引き離して無理に連れてくるようなことは絶対にない。
 しかし幼少期のセシエルがそうだったように、キュリオもまた神童と呼ばれるに相応しい桁違いな魔導の力を秘めた子供だった。

『キュリオと言ったね。まだ父母のもとで過ごしていても良いのだよ? お前はまだ子供なのだから』

 片膝をつきながら恭しく頭を下げるキュリオの頬を美しい王が優しく撫でた。
 この若く麗しい王がいくつであるか明らかになっていないのは、そのような尺で物事を捉えて欲しくないという彼の硬い意志によるものだった。そして強さを誇示するようなことは決してしない彼の実力がどれほどのものかはわからないが、五大国第一位の座に君臨し続ける彼が如何に素晴らしいかはその瞳を見ればわかる。

 穏やかで優しい光を湛えた若葉色の瞳。
 その奥で煌めく揺るぎない意志は、悠久に注がれる大いなる愛による深い慈悲の心と平穏が物語っている。

『セシエルさまは私が子供だからお傍に置いてくださらないのですか? 姿を変える能力なら心得ております! 口の訊き方がなっていないといわれるのでしたら、これから学ばせていただきます!』

 思いの丈をこれでもかと捲し立てるキュリオに、セシエルは別の角度から切り込む。

『大人になるのはあっという間だ。お前の成長をもう少しその目で見届けたいと願う家族がいるのではないかと私は心配しているんだよ』

(こう言えばほとんどの子供は親を思う。
恐ろしいまでの才能を持ったこの子なら……すでに力を持て余しての志願だろうが、親元を離れるには早すぎる)

 一度王宮に入ってしまえば家族との交流など遮断されるも同然なのだ。
 なぜそのように無慈悲な体制が作られたのかはわからないが、王への忠誠と民を守ると決めたからにはそれくらいの覚悟が必要ということなのだろう。

『その家族をお守りくださっているのはセシエルさまです。
……私ひとりの力で皆は守れません。大人になるのがあっという間と言われるのなら……なおさら時間が惜しいのです! 私はまだまだ弱いっ……!』

『キュリオ……』

(これほどの力を持ちながら自分は弱いという。彼の瞳は遥か上を見ているようだね……)

 己の力を何に役立てるかは個人の自由だ。
 極稀に魔導の力を持つものが誕生したところで、王宮の抱える魔導師らには到底及ばない。そのため、志願したところで断られることがほとんどなのだが……キュリオは違う。世代交代を視野に入れはじめた熟練の魔導師らが涎(よだれ)を垂らして欲しがるほどの新星だったのだ。
 よほどのことがない限り、志(こころざし)はあとからついてくるものだが、この少年はそんなものをとっくに飛び越えてしまっている気がした。

(すべてを理解した上で驕(おご)れることなく己を高めようとするその心……私は嫌いじゃない)

『いいだろう。お前が王宮に入ることを許可しよう』

『……は、はいっ!!』

 ようやく思いが通じたと瞳を輝かせたキュリオだが……

『ただし、条件がある』

『……っはい!』

 無理難題を言われるのではないかと身構えた少年にセシエルは一瞬微笑んだが、すぐにその笑みは消えて。

『お前は剣術にも長けているはずだ。
目標は誰でもない。この私を超えるつもりで鍛錬しなさい』

『そ、そんな滅相もなっ……』

 明らかに委縮してしまった幼い彼にセシエルは決して甘い顔を見せない。

『お前は私の幼い頃にそっくりだ。だからひとつ助言をしておこう。
……自分の限界がどこにあるか決めてしまうのは愚かだ。それが成長を妨げるのだと肝に銘じておきなさい』

 ――それから二十年の時を過ごした後、王位を明け渡したセシエルは忽然と姿を消してしまった。
王でなくなったとはいえ、数百年に渡り国を守り続けたかつての王の身はやはり常人ではなく、退位後の人生もとても長いのだと聞いている。

 よって、長い責務より解放されたセシエルのために用意された館も世話人も十二分に与えられていたはずなのだが……

『……なに? セシエル様が?』

 城を離れた彼は館へ向かうこともせず世話人の任を解くと、ひとりどこかへ行ってしまったのだという。まさかの報告を受けたキュリオは何度も気配を追おうと試みたが、彼の力を以てしてもセシエルを探し出すことは出来なかった。

 それでも"いつかまた会える日が来る"と信じていたキュリオだが、結局その日はやって来なかった。
 そして悲しい別れはセシエルだけではない。長い時を生きるキュリオは人の死から目を逸らすことを許されず、王になった意味を深く知らされることになる。

"どうせ別れるのなら出会わなければいい……"

 まるで時間の波に取り残されたような孤独感と、王として割り切らなければならないという義務感からキュリオを救ってくれたのが<精霊王>エクシスだった。
 無口な彼は、同じく姿カタチの変わらぬ自身の姿を見せることでキュリオを孤独から救い、消えゆく命に対し心の在り方を説いてくれた。

 セシエルという偉大な王に出会わなければ、王になることを拒んでいたかもしれない。
 そして、エクシスという素晴らしい友人に出会っていなければ……

「お前をこの腕に抱きしめることも叶わなかっただろうね」

 セシエルとエクシス、どちらが欠けていてもアオイと出会うことはなかっただろうと思うと、ふたりにはますます感謝せずにはいられない。

 五百年以上生きるキュリオの人生のなか、唯一無二の愛しい存在を見つけ出した彼は一際小高い檀上へ上がり、集った従者を眼下に見渡す。
 気高き銀髪の王の視線が降り注ぐと、一層緊張感を増した広間に柔らかな赤子の声が響いた。

「んきゃぁっ」

 広間にいる従者の何割かがその声に癒され、また何割かが赤子の存在驚いたように目を見張っている。
 頬を染め瞳を輝かせたアオイは、まるで目の前に広がるひとりひとりとの出会いに喜んでいるようにはしゃいだ。他者に向けられた愛くるしい反応を間近で見せられたキュリオは思った。

「…………」

(アオイは私との出会いをこれほど喜んでくれているだろうか……)

 赤子の行動に一喜一憂しながらも、いまはその言葉を胸に閉じ込めた彼は少しだけ寂しそうに微笑み、表情を改めた。

「日々の務めご苦労。君たちの働きが如何に素晴らしいかは民の暮らしぶりを見ればわかる。そしてこれからも気を抜かず、民の安全を第一に行動してほしい。……それと早速だが、今日はいくつか私から話したいことがあって集まってもらった」

 王より労(ねぎら)いの言葉が告げられ、話題が本題へと移ると……いよいよ彼の抱く赤子へと一斉に視線が集まる。

「数週間前、私は聖獣の森でこの赤子を保護し身内を探していたが、何者にもたどり着くことは出来なかった。これは彼女にとっては不幸かもしれない。……しかし、この前例のない出会いに私は心から感謝している」

「この子の名はアオイ。私は私の意志で彼女を愛し、娘として迎い入れることを強く望んでいる」

 事情を知る一部の女官や侍女らが固唾を飲んで見守るが、キュリオと赤子を見つめる従者らの瞳はとても穏やかだった。
 それというのもキュリオが赤子を見つめるたび、彼からあふれる優しい笑みが"幸せだ"と語りかけてくるからだ。

『心配いらないみたいですね』

 周りの反応をみて安堵した侍女が隣りの女官に囁いた。

『あんなに幸せそうなキュリオ様をみて誰が反対できましょう? わたくしは最初から心配しておりませんよ』

 そう上品に笑った<女官>サーラの目元にはうっすらと涙が浮かんでおり、安堵感からあふれ出したのだとがわかる。
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