狂気の王と永遠の愛(接吻)を 【第一部 センスイ編収録版】

リミット

(もう時間か…)


和の装いの女性は懐から取りだした懐中時計を確認すると元来た道を歩き始めた。が…その時―――…


風に紛れて鼻孔を刺激するのは木材が焼けた匂いだった。


「……」


彼女はあたりを見回し匂いの原因を探ろうと通りを行く。


やがてひとつの角を曲がると…


「この時期の薪は乾燥してて火の付きがよくて助かるよぉ!」


袂を紐で括り、風呂を沸かしている中年の女の姿があった。
まわりには成人にも満たない男の姿もあり、竹筒で釜の中の火種に勢いよく息を吹きかけている。


「そうだね母さん。家まで燃やさないように気を付けてくれよ?」


「んまー!この子ったら言うようになったじゃないか!あとはあたしがやっとくから先に風呂はいっちまいなっ」


「え?でも…」


「子供が遠慮すんじゃないよ!ほら行った行った!!」


聞いているこちらまで頬が緩んでしまいそうなほど会話の中に温かみがある。
息子の背を押す母親の顔が幸せそうに綻んでいるのをみた彼女は…


「まずい…」


(これでは嗅ぎ分けることなんて不可能だわ…)


わずかな胸騒ぎに店を出てきてみたものの、限られた時間のなかでそれを探すのはやはり無理なのか…

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