無垢な瞳
電話の向こうの声が緊張しているのがわかった。

「はい。すみません、いきなり電話をかけて‥‥。ケン君とはクラス発表で一緒にがんばりあった仲間なんです」

「‥‥・」

明らかに迷いがあるのが伝わってきた。

「あの‥‥このままケンくんと何も話さないでお別れしてしまうの嫌なんです」

「どうして、そんなに‥‥」

「ケン君は大切な友達なんです。だからどうしても‥‥」

「そうね。あいさつもなしでいきなり姿をくらましちゃったんだものね」

品のいいその声から、ケンの祖母かもしれない人を想像してみた。

細くて背筋のピンと伸びた美しい老女が眼に浮かんだ。

「いいわ。でも今日はちょっと難しいの。ケンのおじいさんがうるさくてね」

「あ……」

ケンを東京にやりたがらないおじいさんだ。

「ごめんなさいね、今、おじいさんいるのよ。だから、来週、そう来週の24日の午後だったら、おじいさん町内会の集まりで出かけるはずだから、ケンにあなたのところに電話させられるわ」

信じられない。

こんなふうに簡単に約束を取り付けられるなんて。

「あ、ありがとうございます」

声が震えた。

「ごめんなさいね。今日は話せなくて」

「いえ、そんな」

「電話をくださってありがとうね。ケンにこんなふうに気にかけてくれるお友達がいたなんて‥‥嬉しいわ」

電話の向こうの声はかすかに震えていた。

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