無声な私。無表情の君。
「………」

それっきり東雲君はスマホに夢中。
つきっきりでいじりまくる。
何かのゲームをしているようで、少し大きな物音をたてないと、もう気づいてくれない。
大きなため息を吐いて紅茶を飲む。
すごく冷やされててスーッと喉を過ぎていくのがわかった。

「……今の、俺に向けてですか?」

スマホを見ながら喋る東雲君。
今のは私に言ったの?

「ため息、したでしょう?」

目を一切合わせてくれない。
もしかして、気づいてないフリしてたの!?今まで。
変な汗が身体中から出てくる。

「先輩って付き合ってみて思ったんですけど、愛想笑いとか作り笑いしかしませんよね」

え、バレてる……。
何、この人。
私の知ってる東雲君じゃない。

「いや、怒ってるわけじゃないんですけど、付き合う前までは友達とかと会話してるときに見える笑顔に魅せられたんですけどね………」

東雲君が困った顔で笑ってる。
複雑な感情なんだろう。

「なんか、俺といると、先輩は優しいから俺に合わせてくれてばかりで……。
俺じゃダメなんだな〜って最近思いだしたんですよ」

苦笑いが心に刺さる。

【そんなことないよ! もしかして私のことあきた?】

このままあきたと言って欲しい。
その方が幾分も楽になる。
別れたい、なんて思ってはダメなんだろうけども。

「いやっ!全然!そんな事はないですよ!」

「…………………」

言葉が見つからないのかわからないが、会話が途切れる。
同時に今までの状況を整理して、言われた事を思い出す。
冷静に。冷静になれ。
どんな言葉をかけられても耐えるんだ。

「……ただ、先輩の事を想うと、もう別れるのが一番だと思うんです。
前、好きな人がいるって言ってましたよね?」

コクリ

その一言一言に緊張と不安がはしる。
独特の恐怖感が全身を襲ってくる。
視界が狭くなるのが嫌でもわかった。

「じゃあ、その人ともっと仲良くなって先輩の笑顔を取り戻すべきだと俺は思います」

深みのある暖かい言葉に、思いの外耐えられそうにない。
涙が出そうになった。
こんな風に思っててくれたんだ。
私の事、第一に考えてくれたんだ。

ありがとう。ありがとう。ありがとう。
何度思っても足りない気がした。
そして、同時に
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
ってずっと思えた。
今までの自分を変えられるのなら変えたい。
過去に戻れるなら戻りたい。
あれ?私、いつからこんなにも汚くなったんだっけ?
自分が地球で一番汚い存在に思えた。

「今まで本当にありがとうございました。
俺、筋金入りのワガママですけど、また会った時に良かったら……ぅ…」

久々に目が合った。
その瞳にはダイヤモンドに負けないくらいの綺麗な粒がカフェの照明に照らされていた。
よく、こんな状況で綺麗という言葉が浮かんだものだ。
つくづく最低人間なのかもしれない。

「よがったら、こ、声かけてくださぃ…」

ティッシュを鞄から出そうとしたが切らしていた。
代わりにハンカチを手渡す。

「すいません、洗って返しますから…」

静かに涙を拭く東雲君。
この人、何をやっても綺麗だなぁ。

【洗わなくていいよ】

「いえ、洗います…。
それより先輩……」

言われることはわかっていた。

「………俺と……別れますか?」

考えても考えても出てくる答えは同じだった。
別に東雲君の事は嫌いではなかった。
知れば知るほど面白い人だと思った。
でも、私には……。
私にはあの人しかいない。
康介ひとりしか……。

【ごめんなさい】

もう既に書いていた。
見れば見るほど、見せづらくなった。
やっとの思いで、決意を堅くして見せた。

「あー、やっぱり……」

え?
意味不明な上に意外な言葉だったのでビックリした。

「そうなるとは思ってたので、大丈夫です。
俺こそ今まで先輩ひとりさえ幸せに出来ずにすいませんでした。
本当に今までありがとうございました」

ペコリとお辞儀をして、テーブルに千円札を置いて

「失礼します」

笑顔で帰って行った。
康介と一緒で一瞬だった。
やっぱり別れって辛い。
特別好きでもなかったけど。
たったの1ヶ月だったけど。
思い出がたくさん出来た1ヶ月だった。
ボーッとしてばかりで皆には迷惑かけてさ。
私、これからどうしたらいいんだろう。

それから、レジでお金を払って店をでた。
吹いてくる風が心地よかった。

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