水平線の彼方に( 上 )
仕事を終え、バイクを押しながら歩いて帰る。
佐野さんは、自分の告白は気にしなくていいからと言い、アレンジメントも、今まで通り教えるからと言ってくれた。

(ホントにいい人…)

ノハラの言っていた通り。優しくて素敵な人。

(なのに、どうして好きになれない…?)

佐野さんの言っていた言葉を思い出す。
推察通り、私とノハラは、お互いの秘密を共有した時点で、単なる同級生の枠を外れている。
でもそれは、お互いが生き易くなる為の方法のようなもので、その中には、好きとか嫌いとか、恋愛感情は含まれていない。
必要な時には手伝うから…ってくらいの感覚。普通の友人でも、誰でもしてること…。

(…だと思うけど……)


……恋愛に対して、臆病になっていた。
誰かを好きになることを、極端に怖がっていた…。

(それはなんとなく、自覚しているけど…)


ノハラのことも、男性として意識するのはやめようと、心の何処かでブレーキをかけている。

大事な人だと思えば思う程、無理をしている。

このまま、友人として、助け合える仲間としていたい…。

愛する者を失うこと程、ショックな事はないと、経験上知っているから…。

何度も同じことを…

繰り返したくはないから……。



佐野さんの気遣いで、これまで通り、アレンジメントもさせてもらえる日々が再開した。
変な遠慮をしなくて済むように…と、教える時間も決めてくれた。

(どこまでもいい人…)

優しくて気遣いのできる彼に、早く彼女ができて欲しい…。
そんな事を願うようになったある日、配達から戻ると教えられた。

「ついさっき、真悟が来たよ」

ドキッ!

心臓に悪い名前。しかも佐野さんの口から出るとは…。

「そ、そうですか…」

意識し過ぎないように答える。ノハラがこの店に来るのは当たり前。観葉植物を卸しているんだから。

新しく置いて行ったグリーンを棚に並べる。微かに胸が震えているのを隠しながら、黙々と働いていた…。


「今度、沖縄へ行くんだってね」

何気ない感じで佐野さんが話す。その言葉に振り向いた。

「…誰がですか?」
「誰がって、真悟だよ。花穂ちゃん聞いてないの⁈ 」

驚いて聞き返された。

「聞いてません。今、初めて知りました…」

この最近、ノハラにはずっと、会っていなかった。

「そうなのか…。じゃあ今日、言うつもりだったのかな」

不思議がる。その様子に疑問を感じた。

「佐野さんは、いつ、その話を聞いたんですか?」
「先週だったかな。十一月に入ったら、沖縄の恩師に会いに行くと言ってた」
「恩師に…」

思い当たる人が一人浮かんだ。きっと、あの人のことに違いない。

(会いに行けそうだって、言ってたもんね…)

夏の終わりに話してくれた後、呟いていた。その言葉通り、沖縄に行くんだと思った。

(ノハラなりに、前向きに生きようとしている…)

それが分かって、なんだか嬉しかった…。


「…花穂ちゃんは、恩師が誰か知ってるんだね」

グリーンを見ながらホッとしているのに気づかれた。佐野さんの方を向くと、つまらなさそうな顔をされた。

「やっぱり、ただの同級生じゃないね、君達は…」

断言されたその言葉に、弁解の余地はない。

二人だけの秘密。

親にも親友にも話していない時点で枠を外れている…。


無言で俯く頭の中に、ノハラの顔が浮かんでいた……。
沖縄の地に行くことを決めた彼が、何を思っているのか。
ーー聞いてみたくて、バイクを走らせた…。
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