水平線の彼方に( 上 )
「やっぱり!…あんた、花穂だろっ⁉︎ 」

指まで刺された。

(誰、こいつ…)

覚えのない顔に、警戒心を起こす。
男性は不審そうに睨んでいる私に、気さくに話しかけてきた。

「オレだよ!ノハラ!ほらっ、中学の時の同級生!」

自分のことを指差している。

(ノハラ…⁈ )

錆び付いた頭の記憶を、上目使いになって呼び起こす。

(そう言えばいたっけ…そんなニックネームの男子が…)

アニメの主人公みたいにうるさくて、お喋りだったからつけられた。

坊主頭に卓球のラケット、小脇に抱えていたノートとシャーペン。
いつも言ってた気がする…あの言葉…。

「…ノハラって…あのノハラ⁉︎ いつも宿題見せてくれって、うるさかった…あの…⁉︎ 」

半信半疑だった。
ニヤリと笑うその顔から、大きな声が漏れた。

「そう!そのノハラだよ!やっと思い出したか…!花穂、久しぶりっ‼︎ 」

ふわっ…と、空気が膨らんだ。
ビクッ!となって、瞬間、目を瞑った…。


タバコの香りがする。

「………」

何が起こったのか、分からず、ただ呆然となっていた。

(何かが首に巻きついてる…?)

目を開けた。
そうじゃない。

(ノハラが私に、抱きついてる…⁉︎ )

「えっ…⁈ ちょ…ばかっ、何すんの!」

慌ててもがいた。
我に返って、ノハラがパッと離れる。

「やべっ…ついやっちまった!」

舌を出し、お金を置いて去って行く。
後に残された私は、一体どんな顔すればいいのか分からない。

目を丸くして、出入り口のドアを見つめた…。

「岩月(いわづき)さん…岩月さん…お客さんが……」

バイト仲間が腕を揺すった。

ハッ‼︎

「す、すみません!お待たせしました!…」

慌ててレジ再開。
店内にいたお客さん全員の眼差しを、一手に引き受ける結果となってしまった……。
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