躊躇いと戸惑いの中で
「けど、本社に僕が呼ばれるとき、社長が言ってましたよ」
「なんて?」
「本社には、優秀な女性社員がいるから、安心しなさいって。彼女のおかげでここまで店舗が増えたんだって」
「うそ?」
「本当です。河野さんのことも優秀だと思っているのかもしれないですけど。あの社長の話し方は、碓氷さんを信頼している感じに僕には聞こえました」
「ちょっと待って……。その時、そこに河野は居たの?」
「いえ、いません」
「そう」
褒められていたことを喜ぶよりも先に、思わずよかった。と安堵の息をつく。
河野はあれでも意外と傷つきやすいタイプだから、たまたま言った社長の一言を、気にしたりするんだよね。
それにしても、社長が私を信頼しているなんて、初めて聞いた。
本当かな?
思わず笑ってしまう。
統括なんてやらせてもらっているのだから、それなりに信頼は持ってもらえているんだろうとは思うけれど、優秀かと言われれば自分じゃよく解らない。
ただ、とにかく好きな仕事を今まで一生懸命にやり続けてきた。それだけだ。
「河野さんのこと、心配なんですね」
色々考え込んでいたら、目の前から訊ねられる言葉が直ぐに理解できなくて、少し首を傾げてしまう。
「碓氷さんは、いつも河野さんのことを一番に気にかけますよね」
「え? そうかな」
「そういうの、すごく妬けます」
グラスに伸ばそうとしていた手が、思わず止まり、つい目の前の彼の目を見てしまった。
それがいけなかったか。
余りに真っ直ぐな目に射られて、言葉が出てこない。
忘れていた。
彼が私を想ってくれていることを。
いつもの飲みの席のような会話から始めてしまったせいで、油断していたといってもいい。
会話がとまってしまって、昨日のエントランスでの続きが繰り返されてもおかしくない雰囲気が漂う。
だけど、幸いなことに、二人の間にはびくともしないテーブルがあって、周囲は喧騒に包まれている。
ガヤガヤとしている中に、周囲からのどっと笑い声が溢れる瞬間が何度も訪れてくれるおかげで、空気は次第にもとの状況を取り戻していった。