躊躇いと戸惑いの中で


色々考えていたら、気がつかないうちに乾君がキッチンに入り込んできていた。
彼に気がついて、僅かに息を呑む。

「なに?」
「あ、ううん。ソファにいると思ってたから……」

ちょっと驚いちゃったよ。

「河野さんと、あんまり一緒にいて欲しくない」

そんな風にいわれても、仕事上どうしてもそれは難しいよ。

私が困った顔をしていると、彼が手を握ってくる。
その手からは、不安な心が伝わってきた。

いつでも冷静な顔をしているけれど、私の近くにいる存在にまで冷静なままではいられないと訴えかけてくる。
まして、仕事とはいえ一緒にいることが多い河野だから尚更なのだろう。

けど、どうしてもそこは、理解してもらいたい領域だった。
私自身、河野と話し合うことで仕事の打開策が見つかることも多々あるし。
いくら乾君だとはいえ、やはり部下に当たる彼に、会社の相談や愚痴は言えない。
しかも河野とは、上層部だけの社内秘について話す事もよくある。

恋人になったからといって、何もかもを包み隠さず話すなんて事はできないから、河野とじっくり会話を持つ時間というのはとても大切だった。

「ごめん。河野とは、この先もどうしても関ることになる」

きっぱりという私を、彼の目がしばらく見つめていた。
それから、諦めたような溜息をつく。

「……わかった」

理解してくれようとする彼の気持ちが、痛いほど解った。
握られたままの手が、切ない。

一生懸命に自分へと言い聞かせている彼の気持ちが解るから、私はその手をゆっくりと引き寄せ彼を抱きしめた。


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