躊躇いと戸惑いの中で


「あ、碓氷。外の手書きPOP見たか?」
「え? 手書き?」

手書きと聞かされて、思わず眉間にしわが寄る。

うちの社で手書きPOPは認められていない。
見栄えの問題と統一感の問題だ。

店舗のPOP関連は、全て本社にあるPOP課が担当作成していて、個々の店舗で作成することは禁じられていた。

「乾が描いたらしいんだけど、よくできてるんだ」
「乾? レジにいた新人?」
「そう。俺も今朝気がついたんだ」

木下店長がそう言って、座っていた椅子から立ち上がる。

「気がついてるんなら、はずさせなさいよ」
「わかってるんだけど。あんまりよくできててさ」
「あのね」

私が呆れていると、河野がいいから見て来いよ、と私の背中を押して一緒にバックヤードを出る。
店舗に戻ると、レジ金を数え終わった乾君は棚の整理をしていた。

「社長に見つかったら大変だよ」
「解ってるって」

引き摺られるように外へ連れて行かれて、窓ガラスに貼られたポスターの前に立たされた。
そこには、確かに手書きのポスターが貼られていた。
ただ、余りにもよくできすぎていて、本当に手書きなのか疑いたくなるほどのできばえだった。

確かに、このまま貼っておきたいと思わせるほどの完成度ね。

「すご……」

思わず本音が漏れる。

「だろう。乾って、美大にでも行ってたのかな?」
「どうだったかな。……ん? 書類面接したの、河野だよね? 覚えてないの?」
「覚えてない」

きっぱりと断言されて、あきれてしまった。

河野はいつだってこんな感じでいい加減なのに、仕事ができるっていうのが私は不思議でならない。
いつもふざけたことを言っては私をからかって、ゲラゲラ声を上げて笑ってばかりいる。
なのに、周囲からの信頼はとても厚く、いつだって頼りにされていた。



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