躊躇いと戸惑いの中で


忘れるつもりはないなんて。一体何を言ってるんだか。
忙しすぎて、とうとう河野の頭はおかしくなったんじゃないだろうか。

ふんっ、と溜息交じりに息を吐きだし、自席へ戻る。
一時間ほど無心に作業をこなしていると、気がつけばさっきまで同じフロアに居た店舗開発や経理の姿はなく、私一人だけになっていた。

あれ。
みんないつの間にいなくなったんだろう。

うーん、と伸びをして、時計を確認してから帰り支度。

終電前に帰ろう。

バッグを手に、ついていたフロアのライトを消して廊下へ出ると、少し先にあるPOPフロアからはまだ煌々と明りが漏れていた。
中を覗くと、乾君が一人で後片付けをしているのが見えた。

「お疲れ~。作業は、終わった?」
「あ、碓氷さん。はい、これ片付けたら帰ります」
「そう。じゃあ、気をつけてね」

右手を上げて踵を返すと、呼び止められる。

「一緒に帰りませんか?」


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