躊躇いと戸惑いの中で
「新店も済んで、しばらくは静かになるんだろうな」
河野が焼き鳥を口にしながら、少しだけほっとした顔をしている。
「どうだろうね。今日、店舗開発が社長に呼ばれてたよ」
「えっ。マジか!?」
「社長もいい感じでのっている今のうちに、次々といきたいんじゃないの」
「そりゃあ、まーそうだろうけど。俺としては、次に新店があるときは小田さんに担当してもらいたい」
小田さんというのは、もう一人のエリアマネージャーだ。
年齢でいうと河野よりも、確か五つほど上なのだけれど、実績で言うと河野の方が上になる。
私の見る限り、社長も小田さんより河野を買っているみたいだ。
今まで河野が手がけてきた新店の売上からいっても、小田さんのところとでは差が出ている。
だから、何かにつけて、河野は頼りにされてしまうんだ。
「そううまくいくかしら?」
イタズラな顔を向けると、河野が肩をすくめた。
「それより。途中になってたこの前の話だけど」
途中?
途中になっていた話なんて、あっただろうか?
「俺が結婚してやるっていっただろ」
忘れ去ろうとしていた話題を口にされて、口に含んだビールを噴出しそうになった。
慌ててお絞りを口元に持っていき、口からこぼれだしそうなビールをなんとか堪えるのに成功した。
「碓氷さ。マジで俺が冗談で言ってると思ってるだろ?」
河野は私の目を覗き込みながら、真剣な目をしてくる。
その目を見つつ、お絞りは口に当てたまま、私はただ、うんうんと縦に頷いた。
だって、あんなの本気だなんて思えない。
今まで仲間としてやってきた相手が、本気で私を結婚相手に望むなんて天変地異だよ。
「別にからかってるわけじゃないし。キスだって、碓氷だからしたくなった」
「ちょっと、待って」
私は、ようやくお絞りを口元から話し、どんどん進んでいく河野の話しを遮った。