君影草~夜香花閑話~
「や、やめろっ……」

 このまま手を思いっきり捻ってやりたい衝動に駆られながらも、千代は家老の様子を窺った。
 斬り捨てられるのも覚悟の上だが、避けられるものなら避けたい。
 だがやはり、今すぐ追い出されるぐらいの怒りは買わねばならない。

 千代は手を離し、図に乗った態度で生意気に家老を見上げた。

「あまりわたくしを、なめないことですわね」

 わざと怒りを買うように言ったことだが、本心でもある。
 かっと、家老の顔が赤くなった。

「ぶ、無礼者! お前こそ、わしをなめるでない!」

 ばし、と家老の平手が、千代の頬を打った。
 どた、と千代が倒れた隙に、家老は塗籠から出、寝所の床の間にあった刀に手をかけた。

---まずい---

 千代は、きゅ、と胸の辺りを押さえた。
 確かめるように、さらりと撫で、帯が緩まないよう結び直す。

「わしにそのような仕打ちをして、ただで済むと思っておるのか」

 すらり、と刀を抜く。
 内からの灯に照らされて、闇の中にぎらりと刀身が光った。
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