鳴かない鳥


なんて残酷な光景。


きっと一生脳裏から離れないだろう。

目の前で見た母親の死。

発作的だったにしろ、その引き金を引いたのは彼女の携帯電話。

父親とのメールのやり取りを見て、許せなかったのかもしれない。

それとも悲しかったのだろうか、娘に置いて行かれるような気がして…。

今となっては、母親の本心を聞くことは出来ないけど。

今井はこれから先もその事を、自分のせいだと責めて生きて行くのだろうか。



ずっと?



それでは彼女があまりにも可哀そうだ。

当たり前の幸せすら許されないだけでなく、傷ついて、言葉を失って…。


でも、これは過去だ。


起きた出来事を変える事など、僕には出来ない。

見えたからと言って、彼女の心の傷をなかったものとして塞ぐ事など出来はしないのだ。


なのに、どうして…。


僕は自分の両手を見た。

見た目は普通。

なのに、何かが違う。

何かが違うから、見えないはずのものが見える。


――でも何が、どう皆と違うのか。


この手がある限り、これからもこんな事が続くのかと思うと、気が重い。

人の心の傷に触れて平気な顔を出来るほど、僕はそんなに強くはないのだ。

そんなもの見えない方がいいと思うのに…。

見えた所で、僕は何も出来ないのだから。

水底に沈んでいるのは、誰の心でもなく僕の方かも知れない。

膝を抱え、顔を埋(うず)めて考えていると、


「!!」


手の甲に冷たいものが当たって弾かれたように顔を上げた。


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