雪と、キミと、私と。
疲れもあって、ボーッとしながら車両に乗り込む。
ドア側に流された私は、朝と同じラッシュに揉まれるように押されゆく。
外の寒さが嘘のように熱気に籠る人ごみの中、窓側に顔を向けた。

――トンッ。

すぐ近くで聞こえた音に顔を上げる。目前にあるドアの窓。その少し上を見ると、長く節ばった指をした手が置かれていた。

その手を見るだけで、相手は男の人だということは容易にわかる。
その腕が手前にある分、自分の背の近くに居るのかと思うとドキリとする。それは単純にときめきというものじゃなくて、どちらかというと少し嫌な緊張感。

すると、信じられないことに、また『トン』と音がした。
それは今度は逆側からで、どう見ても同じ手。

……つまり、今、私……この人に両手で阻まれてるような形になってる、ってことだ。

さすがに混雑してるのもあって、背中にその人の感触がわかる。

ち、痴漢とかじゃないって思うけど……ちょっと……やばくない?この態勢……。
縮こまり少し下げた顔を、勇気を出して肩に掛けたカバンを直すフリで後ろに向ける。
顔なんか見えるわけないって思ったけど、〝警戒してます〟って雰囲気を出したくて。

ただ、それだけだったのに。

突然耳元でクスッと笑われる。

な、なに……?
混んでる車両では、身を翻させる余裕なんかあるはずなくて。それでも少し身体を斜めにすると、肩がその男の胸にあたる。

「仕事、お疲れさま。……早雪ちゃん」
「はっ?」

なんで私の名前を……っ。この男一体?!

反射で顔を上げると、今にも触れてしまいそうな位置にある顔に心臓が大きく跳ねる。ふわりとした前髪の隙間から覗く目元が、不覚にも嫌いじゃなくて思わずそのまま見つめてしまった。
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